星夜に種を〜聖母になっちゃったOL、花の楽園でお花を咲かせる!〜

はーこ

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本編

*27* 銀星のおまじない

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 反射的に振り返る。
 ゲストルームの入口でアメシストの瞳を白黒させていた彼には、見覚えしかない。

「いいいイザナくん! いつからそこに!?」

「今来たところだよ。話し声は聞こえるのにノックしても返事がなかったから、何かあったのかと思って。勝手に入ってきちゃってごめんね」

 正直冷や汗ダラダラだったけど、「おはよう」と混じりけのないにこにこスマイルを頂戴したので、言葉通り今来たばかりらしい。
 見られてなかったってことで、いいんだよね……!? 何がとは言わないけど!

「おはようございます、イザナ先生」

 純白のローブの少年へ向き直ると、胸に手を当て、恭しく頭を垂れるヴィオさん。
 優しく細められたアメシストは、そんな彼女の胸元の星を見つめていただろうか。

「おはよう、レティ。すごく楽しそうだったね。君があんなに笑っているところ、はじめて見たよ」

「変……でしたか?」

「まさか。普段の凛としたレティも素敵だけれど、笑顔の君はずっと可愛らしくて好きだよ」

「……そういったことは、リアンにお願いします」

「そうかい? 僕にとってはレティもリリィも、可愛いお嬢さんだけどなぁ」

 さらりと紡がれる怒涛の褒め言葉に、ヴィオさんが苦笑している。
 リアンさんのときもそうだった。ヴィオさんを見つめる微笑ましい視線が、幼い女の子に対する近所のお兄さんのそれだ。イザナくん恐るべし。

「それでイザナくんは、あたしに用事でも……?」

「あぁそうそう! セリちゃんに渡しておきたいものがあってね」

 そろそろと挙手すれば、ぽんっと手を叩いたイザナくんがローブの懐に右手を探り入れる。

「手を出してごらん」

「うん……?」

 言われるがままに両手を差し出す。と。

 ──カラン、コロン。

 まばたきをすれば、コルク栓をした透明な小瓶がそこに。
 中には、銀河を閉じ込めた銀色の金平糖のようなものが入っている。

「わぁ、綺麗……! これは?」

「神力の安定剤だよ。これから出産をするマザーには、事前に服用してもらうようになってるんだ」

「お薬でしたか……苦くない?」

「大丈夫、セリちゃん好みに甘めに作ってある」

「さすがですイザナ先生」

「あはは、お気に召したようでよかった」

 イザナくんの簡単な説明によると、この安定剤を服用することで、妊娠期間中に不安定になりがちな神力を安定させて、様々な症状を緩和してくれるんだって。

「これを1日1回、毎晩眠る前に……おっと。それはレティがよく知っているかな」

「もちろんです」

「え、どういうこと?」

 マザーについての話題で、ヴィオさんの名前が出てくるなんて。
 いまいち理解できないでいると、そのヴィオさんがイザナくんの言葉を継ぐ。

「マザーがこどもをお生みになる際、そばでお世話をして差し上げるのは、第一子の役目なのです」

「オリーヴちゃんのお世話をしてきたレティだもの、それに関してはエキスパートだよ。任せて大丈夫だからね。何かあっても僕がいるし」

 へぇ、そうなんだ……そう言われるとますます、オリーヴがヴィオさんにあたしのお世話を頼んだ理由に納得できる。
 あと「何かあっても」って、何があるっていうんだろう。
 ぽんぽんとあたしの肩を叩いては笑顔を弾けさせるイザナくんに、そこのところをぜひ伺いたい。

「身体づくりは早いに越したことはない。今夜からよろしく頼むよ。大丈夫だとは思うけど、必ず毎晩欠かすことのないように。いいね、レティ」

「お任せを」

 念を押すイザナくんに、ヴィオさんは力強くうなずいて応える。
 ふたりを取り巻く空気が、それまでと少し違うような心地を覚えた。

「えーっと、ならこの小瓶は、ヴィオさんに預けてたほうがいい?」

「それはダメ」

「えぇ!」

 即答だった。ダメ出しをするのがいつものイザナくんらしくない物言いで、「いいかい?」と目の前に立てられた人差し指に、条件反射でうなずくしかない。

「この星のひとつひとつには、僕がおまじないをかけてある。君を悪いものから守ってくれるようにというお守りみたいなものだ。それなのに必要なときにしかお呼ばれされなかったら、悲しいよ」

「そ、そうだったの、ごめんね……!」

「わかればよろしい。ずっと懐に入れていて、眠るときも枕元でいいから置いておいてね。ちょっと強めの魔力がこもっているから、わらびに食べさせちゃダメだよ」

「またお腹壊したらいけないもんね、了解です……!」

 コクコクと首を縦に振る人形と化したあたしに、へにゃ、と女の子みたいなお顔がゆるむ。

「セリちゃんはえらいねぇ。よしよし、いいこ」

「あざす!」

 イザナくんはこうして、事あるごとに撫で撫でしてくる。その微笑ましい表情ったら。
 決まりだな。ヴィオさんたち以上に幼女扱いされている。早いとこ開き直っといた。

「ねぇ……誰にさわってるのかなぁ?」

 言われた通りに小瓶を懐へ仕舞った頃だったか。薄ら寒いひと言が響き渡る。
「おやおや」と言葉をもらしたイザナくんは、アメシストに丸みを帯びさせ、あたしとの間に割り入った影を見つめていた。

「気安くさわるなって言っただろ、オレの、母さんに!」

 あちゃー……思わず頭を抱える。だけども、それで状況が改善するわけもなく。

「ジュリ……そんなに怒らないで。イザナくんは悪い人じゃないよ」

「母さんは黙ってて!」

 ですよね、知ってた。
 あたしをイザナくんから引き剥がしては、ぎゅうう、と抱きしめるように庇うジュリのこの言動は、今に始まったことじゃない。

 あたしより先に、イザナくんと出会っていたらしいジュリ。きっかけがあるとすれば、そのときしかない。
 思えば、前に会食堂で笑いながら怒っていたのは、イザナくんが関係していたんだろうか。

「何かあったの?」と訊いてみても、「さぁ……食堂の場所は訊いたけど」と首をひねるイザナくん。
 その場に居合わせたというゼノにも同じ質問をしたけど、「食堂の場所を訊かれました」とだけ。一体どこに激おこポイントが?

 滅多なことでは怒らない子だけに、応接間に乱入してきたジュリを落ち着かせるのも大変だった。
 あたしが泣いてたのはイザナくんのせいじゃないって訴えても、聞く耳を持たなかったし。
 それからも理由はサッパリわからないまま、グルル……と番犬みたいにイザナくんを威嚇するジュリをなだめる状況が続いている。

「ジュリ様、セリ様がお困りになっています」

「そうだよね。時間取らせてごめん。支度できたなら行こっか、母さん」

「ちょっ、ジュリ!?」

 見かねたヴィオさんがたしなめるも、聞いているようで聞いていない。
 手首をつかまれ、椅子から立ち上がらされる。

「──ジュリ・セントへレム」

 一切目もくれず通り過ぎようとしたジュリを、たったのひと言で呼びとめる声がある。夜空に浮かぶ月のように静かな声だ。

「僕はイザナ・グレイメア」

「……知ってるけど?」

「君は光の、僕は闇の魔術師だ。相反するマナが、さぞ気に食わないことだろう」

「違うよ」

 一瞬、ほんの一瞬だけ、オニキスの瞳がアメシストの双眸を捉えた。

「オレがあなたを気に食わないと思う理由は、同族嫌悪」

 それだけ言い放ったきり、ジュリは何も語らない。これ以上のやり取りは無意味だと、拒絶するみたいに。
 そのとき、アメシストはどんな表情をしていただろうか。
 再び腕を引かれたあたしは、押し黙ったジュリの後を追うしかなかった。
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