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本編
*40* 絆を結んで
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「こんな話を聞いても、怒らないんだね。母さんは優しすぎるよ……」
「怒らないよ。ジュリがあたしを想ってくれてのことだっていうのは、わかるもん」
「そう、そうだよ……全部母さんのためだ。母さんが笑っていればそれでよかった。ほかのひとのことなんてどうでもよかった。オレは、マザーの第一子としての役目を放棄したんだ」
ぐっとこぶしを握りしめたジュリは、湧き上がる感情に言葉を震わせる。
「マザーが代替わりをするとき、その大地は荒れる。母を亡くしたこどもの大半が精神を病むからだ……」
空は淀み、地は枯れ果て、凶暴なモンスターがあふれる──
「だからこそ新しいマザーの第一子は、マザーの支えとなり、一刻も早く大地に恵みを取り戻すための尽力をしなければならない」
はじめて目にしたセントへレムの街は、泣いていた。
あの日がたまたまそうだったわけじゃない。ねずみ色の空が、終わりのない人々の哀しみを映し出していたんだ。
代替わりをしたマザーの第一子は真っ先にパピヨン・メサージュを飛ばして、ほかのマザーやこどもに協力を求めるものだとも聞いた。
ジュリはそうしなかった。その理由は。
「傷つくことがわかりきってるのに、マザーの役目を押しつけるなんて、できるわけがなかった……ただでさえ母さんの身体は、神力の消費でボロボロだったのに……」
そこまで言って、口を噤むジュリ。夜色の瞳が、じわりと滲む。
「守りたかったんだ……それがオレのエゴだなんて、思いもしなかった……ごめん、母さん……オレの身勝手で閉じ込めて……ごめん、なさいっ……」
一度吐き出してしまえば、堰き止めていたものはあふれるだけ。
「オレなんだ……あのオーナメントを見つけたのは、オレなんだっ……」
「……それって」
「母さんとの毎日が楽しくて、一緒にいたい、ずっとずっと一緒にって、それだけを想ってたら、ある朝手の中にあって……仕舞っておくつもりだったのに、オレ……パンケーキに隠して、母さんに無理やり食べさせようとしてた……」
「ジュリ……」
「だってそうでもしなきゃ、母さんが遠くへ行っちゃう気がしたんだ! 元の世界に帰りたいって言われたらどうしようって、毎日ビクビクしてた……だからその前に、母さんをこの世界に縛りつけちゃえって……」
「……もういいよ」
「母さんのいない日常なんて考えられない……嫌だよ、かあさん……オレをおいてかないで……おねがい、だから……っ!」
「もういいよ、ジュリ……泣かないで」
堪らず、俯いたジュリを抱きしめる。あたしより大きい男の子だけど、嗚咽に揺れる肩は頼りない。
「……昔が恋しくなることもあるよ」
捨て子のあたしは、両親を知らない。
それでも育ててくれた先生や一緒にいたきょうだいの存在があるから、そのぬくもりを思い出して泣きたくなることもある。
「だけど……血の繋がった家族は、ジュリだけだよ。それだけでジュリは、あたしの『特別』なの」
ぽろぽろと涙の伝う頬に手を添え、こつりと額を合わせる。
極限まで見開かれる夜色の瞳。濡れた漆黒の空に、きらりと瞬くものがある。一番星みたいだった。
使命感との狭間に揺れ動いて、ジュリは愛情を選んだ。それだけなんだ。
愛して、愛されたかったんだよね。
これまで、どれだけ不安で寂しい思いをさせてきたことだろう。知らないあたしでは、もういたくない。
「ジュリを置き去りになんてするわけない。大好きなんだもん。どこにも行かない。神様にだって誓ってやる」
「かあ、さん」
「あたしのかわいいジュリ……大好き、愛してる。ずーっと、一緒だよ」
「っ……かあさん……かあさぁんっ!」
「うわっと!」
わっと声をあげたジュリに抱きつかれたら、体重を支えきれずに後ろへ倒れ込んでしまった。
ぽふんとシーツのクッションに受け止められて、後にはのしかかる息苦しさが残る。
「約束だからね……ずっと一緒だからねっ……!」
「うん、約束。頼りなくてドジなお母さんだけど、これからもよろしくね」
「言われなくてもっ……母さんのお世話するのはオレだもん! とびっきり美味しいフレンチトースト作ってやるんだからっ……!」
「やった。あたしジュリのフレンチトーストが世界一好きだよ」
ぐりぐりと首筋に擦りつけられる青藍の頭を撫でながら、こういうのを幸せって言うんだろうなって、もらい泣きしちゃう。
「そうやってさ、ジュリは魔法なんか使わなくても、あたしを笑顔にする天才なんだよ」
「……すぐまたそういうこと言う……」
「だってほんとのことだからね。ねぇジュリ」
「……うん」
「もっと甘えても、いいんだからね」
あたしは君の、お母さんなんだから。
そっと口にして、あぁ……と感嘆がもれる。
そうだよ、この繋がりは目には見えなくても感じる、たしかなもの。
「うん……大好き、母さん……愛してる」
互いの体温をきつく抱きしめ合ったなら、この絆はもう、誰にもほどけない。
「怒らないよ。ジュリがあたしを想ってくれてのことだっていうのは、わかるもん」
「そう、そうだよ……全部母さんのためだ。母さんが笑っていればそれでよかった。ほかのひとのことなんてどうでもよかった。オレは、マザーの第一子としての役目を放棄したんだ」
ぐっとこぶしを握りしめたジュリは、湧き上がる感情に言葉を震わせる。
「マザーが代替わりをするとき、その大地は荒れる。母を亡くしたこどもの大半が精神を病むからだ……」
空は淀み、地は枯れ果て、凶暴なモンスターがあふれる──
「だからこそ新しいマザーの第一子は、マザーの支えとなり、一刻も早く大地に恵みを取り戻すための尽力をしなければならない」
はじめて目にしたセントへレムの街は、泣いていた。
あの日がたまたまそうだったわけじゃない。ねずみ色の空が、終わりのない人々の哀しみを映し出していたんだ。
代替わりをしたマザーの第一子は真っ先にパピヨン・メサージュを飛ばして、ほかのマザーやこどもに協力を求めるものだとも聞いた。
ジュリはそうしなかった。その理由は。
「傷つくことがわかりきってるのに、マザーの役目を押しつけるなんて、できるわけがなかった……ただでさえ母さんの身体は、神力の消費でボロボロだったのに……」
そこまで言って、口を噤むジュリ。夜色の瞳が、じわりと滲む。
「守りたかったんだ……それがオレのエゴだなんて、思いもしなかった……ごめん、母さん……オレの身勝手で閉じ込めて……ごめん、なさいっ……」
一度吐き出してしまえば、堰き止めていたものはあふれるだけ。
「オレなんだ……あのオーナメントを見つけたのは、オレなんだっ……」
「……それって」
「母さんとの毎日が楽しくて、一緒にいたい、ずっとずっと一緒にって、それだけを想ってたら、ある朝手の中にあって……仕舞っておくつもりだったのに、オレ……パンケーキに隠して、母さんに無理やり食べさせようとしてた……」
「ジュリ……」
「だってそうでもしなきゃ、母さんが遠くへ行っちゃう気がしたんだ! 元の世界に帰りたいって言われたらどうしようって、毎日ビクビクしてた……だからその前に、母さんをこの世界に縛りつけちゃえって……」
「……もういいよ」
「母さんのいない日常なんて考えられない……嫌だよ、かあさん……オレをおいてかないで……おねがい、だから……っ!」
「もういいよ、ジュリ……泣かないで」
堪らず、俯いたジュリを抱きしめる。あたしより大きい男の子だけど、嗚咽に揺れる肩は頼りない。
「……昔が恋しくなることもあるよ」
捨て子のあたしは、両親を知らない。
それでも育ててくれた先生や一緒にいたきょうだいの存在があるから、そのぬくもりを思い出して泣きたくなることもある。
「だけど……血の繋がった家族は、ジュリだけだよ。それだけでジュリは、あたしの『特別』なの」
ぽろぽろと涙の伝う頬に手を添え、こつりと額を合わせる。
極限まで見開かれる夜色の瞳。濡れた漆黒の空に、きらりと瞬くものがある。一番星みたいだった。
使命感との狭間に揺れ動いて、ジュリは愛情を選んだ。それだけなんだ。
愛して、愛されたかったんだよね。
これまで、どれだけ不安で寂しい思いをさせてきたことだろう。知らないあたしでは、もういたくない。
「ジュリを置き去りになんてするわけない。大好きなんだもん。どこにも行かない。神様にだって誓ってやる」
「かあ、さん」
「あたしのかわいいジュリ……大好き、愛してる。ずーっと、一緒だよ」
「っ……かあさん……かあさぁんっ!」
「うわっと!」
わっと声をあげたジュリに抱きつかれたら、体重を支えきれずに後ろへ倒れ込んでしまった。
ぽふんとシーツのクッションに受け止められて、後にはのしかかる息苦しさが残る。
「約束だからね……ずっと一緒だからねっ……!」
「うん、約束。頼りなくてドジなお母さんだけど、これからもよろしくね」
「言われなくてもっ……母さんのお世話するのはオレだもん! とびっきり美味しいフレンチトースト作ってやるんだからっ……!」
「やった。あたしジュリのフレンチトーストが世界一好きだよ」
ぐりぐりと首筋に擦りつけられる青藍の頭を撫でながら、こういうのを幸せって言うんだろうなって、もらい泣きしちゃう。
「そうやってさ、ジュリは魔法なんか使わなくても、あたしを笑顔にする天才なんだよ」
「……すぐまたそういうこと言う……」
「だってほんとのことだからね。ねぇジュリ」
「……うん」
「もっと甘えても、いいんだからね」
あたしは君の、お母さんなんだから。
そっと口にして、あぁ……と感嘆がもれる。
そうだよ、この繋がりは目には見えなくても感じる、たしかなもの。
「うん……大好き、母さん……愛してる」
互いの体温をきつく抱きしめ合ったなら、この絆はもう、誰にもほどけない。
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