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本編

*55* 抱っこし隊、出動

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 早いもので、妊娠4日目。
 途中意識が飛んだり時間の感覚がわからなくなったり色々色々あったけど、何にせよ折り返し地点。

 微熱は続いているものの、つわりの荒波がようやく鳴りをひそめた今日も今日とて、イザナくんがゲストルームへ往診にやってきた。
 ベッドで仰向けになり、マタニティガウンの紐をほどいて、お腹が見えるように前を開く。すると温かいおしぼりで拭った手が伸びてきて。

「それじゃあ、ちょっとさわらせてね。どれどれ……ふむ」

 あたしのこぶしよりちょっと小さいくらいにふくらんだ箇所の周りを、指先でトントンと何ヶ所かノックしてみたり、掌底で軽く押して反発を確認したり。
 時間にして3分くらいだろう触診を終えたイザナくんは、ゆっくりと手を引いてひと言。

「この時期はオーナメントもだいぶ成熟してくるんだ。見たところ、ひとりかな」

「野球チームは作れないか……」

「絶対に多胎児を生まなきゃいけないって決まりはないさ。しっかり栄養を取って、充分な睡眠さえ確保できれば、心配は要らないよ」

「順調、順調」と朗らかな太鼓判をもらい、ほっとひと息。
 紐を軽く結び直し、シーツに肘をついて上体を起こしたところで、「そうだ」とイザナくんが提案をしてきた。

「体調がいいようなら、外に出てみたらどうだい? 気分転換になると思うよ」

 たしかに。カーテンも閉め切ったこの部屋で、起き上がることもままならず長いこと撃沈していた時間が大半だ。いい加減おひさまも恋しい。

「久しぶりにお散歩しよっか、わらび」

「ビビッ! ビヨヨンッ!」

 付きっきりで冷えピタをしてくれていたわらびだから、お外に出るのがよほど嬉しかったんだろう。
 小豆の瞳をぱああ、と輝かせて、元気にあたしの周りをぽむぽむ跳ね回っている。

「そういうことなら仕度しなきゃね。クローゼットまで行けそう? オレが抱っこしてあげようか?」

「セリ様は、私が」

 癒やし効果抜群の水の妖精さんを微笑ましく見つめていたら、それまでなりゆきを見守っていたジュリとゼノがすかさず声を上げた。
 自分のことは自分でできるよ──と遠慮したいのは山々。だけどベッドに腰かけた状態から踏み出せない。
 我こそはと腕を伸ばしてくるふたりに、苦笑を返した頃。

「お召しかえの時間ですね。お任せください」

「どうぞお手を、レディー」

 芳しい香りが舞い込み、あたしの目の前には、するりと割り込んできた瑠璃空髪とダークブロンドの騎士が。

「ネモちゃん、ヴィオさん……えっと」

 にっこりと、花の笑みが返される。
 だけどまぶしげにペリドット細めた一瞬後、背後を振り返った彼女らを取り巻く空気が、一変しまして。

 ──散れ。

 声には出ていなかったし表情も見えないけど、言外に突きつける尋常でないオーラを肌で感じ、二の腕をさすった。

「おやおや。僕も退散しようねぇ」

 苦笑するジュリ、眉をひそめるゼノをよそに、にこにこと笑顔を崩さないイザナくんがあたし、それからわらびをひと撫でして立ち上がる。
 そうしてのんびりとした足取りで白無垢ローブを引きずりながら、一足先に部屋を後にしたのだった。
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