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本編

*54* 内緒のひとりごと

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「──魔力供給?」

「セリちゃんの場合、正しくは神力供給だけどね」

 鬼のような高熱と吐き気を乗り越え、一夜明けたゲストルームにて。朝食を載せたワゴンを押すイザナくんが訪ねてきた。

 挨拶もそこそこに招き入れると、ベッド脇まで来て、ほわほわ話しながらスープに何かの粉末をさらさらと溶かし込んでいる。
 その粉は一体何でしょうかと質問したいのは山々だったけど、直前に切り出された話題が話題だったもので、そっちのほうに意識を持って行かれてしまう。

「オーナメントを取り込んだマザーの体調不良は、新たな生命をその身で育むことによるもの。言ってみれば神力枯渇が原因でね」

「それで……?」

「神力不足には神力を。低血糖の患者に砂糖水を注入するのと一緒さ。そういう点で、セリちゃんの看病にゼノは適役だったのかもねぇ」

 ははは、と笑い声を上げるイザナくんをよそに、肝心のあたしは思考停止していた。
 思い出したように痛みを訴える頭を抱え、何食わぬ顔でイザナくんからスープを受け取った青年を見上げる。

「ゼノ……」

「はい」

「わかってたの……?」

「愛の力ですね」

 スープを掬い、真顔でスプーンを差し出してくるゼノ。さらに頭を抱えた。
 つまりアレだ……昨日やたらとゼノがキスしてきたのは、あたしに神力を分けるためだったと。

 別にキスする必要な……「おそばにいるだけで自動的に供給されてしまいますから、供給量を上回る神力をセリ様へお返しするには、それ相応の肉体接触が必要でした」……さようでございますか。

 詳細な説明ありがたいんだけど、せめてイザナくんのいないときにしてほしかった……
 いや、物知りイザナくんのことだ。全部ご存じなのかもしれない。
 色々詰んだ感が払拭できないが、とりあえずゼノからスプーンをふんだくることにする。あーんとか、いいですから!

 むっとスープを口にしていると、心なしかシュンとした物寂しげな空気が隣から漂ってきた。うっ……見てない、あたしは、何も見てない!
 全力で知らんぷりを突き通すあたしに、イザナくんが新たな話題で加勢してくれた。

「でもね、セリちゃんと違って、君は体内で神力を作り出すことはできないんだよ。ちょっと余分に分け与えられたものを、返しているだけに過ぎない」

「……心得ております」

 そう何度も通用する手ではない。イザナくんの言葉はゼノを牽制しているようで、ゼノを守るものでもあった。

「それは奥の手として取っておこう。ここには僕たちもいるんだから」

 ね、とアメシストがはにかんだのと、ドアをノックされたのは、ほぼ同時だった。

「母さんおはよう!」

「失礼いたします。おはようございます、セリ様」

 ジュリとヴィオさんだった。
 あたしとイザナくんも口々に挨拶を返し、視線を合わせたゼノとヴィオさんが一触即発の空気になったところで、溌剌とした声が上がる。

「昨日はついてあげられなくてごめんね! 具合はどう?」

「ゼノが看病してくれたから大丈夫だよ」

「そっかぁ! それはよかった!」

「うん。……ねぇジュリ」

「ん!」

「もしかして、寝てないんじゃない……?」

 やたら元気いっぱい。違和感を覚えてまじまじとジュリの様子をうかがえば、目の下の隈に気づく。
 嫌な予感ほど当たるもので、「あぁ、これはね! ちょっとハイになっちゃってね!」と高らかに笑い飛ばされた。

「僭越ながら、私が稽古を務めさせていただきました」

 言葉を継いだのはヴィオさん。凛と背筋を伸ばした佇まいは、普段となんら変わらない。

「ヴィオさんが、ジュリのお稽古……何の?」

「お茶ですね」

「お茶……!?」

「そうそう、夜通しお茶淹れてたの! ヴィオさんてばすっごいスパルタで笑っちゃった! あはははっ!」

「ジュリ大丈夫!? おーい、戻ってこーい!」

 壊れたように笑うジュリ。間違いない。ナチュラルにハイになっちゃってる。
 夜通しお茶を淹れてた? 何故に? 戸惑いしかないまなざしで見つめれば、ふわりと花の笑みが返ってきた。

「マザーの第一子として必要な教養だから、です」

「そ、そうなんだ……?」

 オリーヴに招待されたお茶会で、ヴィオさんがスマートに紅茶を淹れていたことを思い返す。
 一流の執事然としたその姿に、ほぇー、サマになってるなぁ、とアホみたいな感想しか抱いていなかったあたしだけど……

「さすがジュリ様と申しましょうか。飲み込みが早いですね。この様子でしたら、今夜から『お休み前のお茶』をお任せしてもよろしいでしょう」

 そこまで言われて、やっと理解した。
『お休み前のお茶』──ヴィオさんが毎晩欠かさず淹れてくれていたハーブティーのことだ。
 イザナくんからもらった安定剤──銀色の金平糖を溶かし込んだ、特製の。

「ちょっとした劇薬を調合するようなものだからねぇ。服用するとなると、繊細に取り扱わなくてはいけなくて。まぁレティがついてるし、ジュリなら大丈夫だと思ってたけどね」

「大丈夫に決まってるでしょ。オレを誰だと思ってるのー?」

 むぅと反論するジュリ。イザナくんに対して素直になれないのは相変わらずみたいだけど、それが照れ隠しだってわかる今は、微笑ましい。

「今ならどんなお茶でも淹れられる気がするよ。これからお茶が飲みたくなったら、オレに言ってね!」

「うん、うん、ありがとうね。こっちおいでジュリ。ちょっと休もうか?」

 幸い、寝不足な我が子を寝かしつけるくらいの体力は戻ってる。
 手招きをするあたしを止める声もなかったので、きょとんと首を傾げたのち、とことことベッドまでやってきたジュリの腕を引いた。

「ジュリは頑張りやさんだねぇ、すごいねぇ」

 抱きしめて頭を撫でるうちに、気持ちよさそうに瞳を細めて、ぎゅっと抱きしめ返される。

「がんばるよ……家族のためだもん」

 頬をふれあわせてきた後は、こてりと胸にもたれかかる。
 あたしの腕の中でゆっくりと呼吸をするジュリの意識は、半ば夢うつつのようで。

「元気に、生まれてきてね……」

 その言葉を最後に、寝入ってしまった。

「すっかりお兄ちゃんだなぁ……」

 あたしより大きなジュリを抱きしめてもらした独り言が震えてしまったのは、内緒にしていてね、みんな。
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