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本編

*58* 情熱の紅蓮(挿絵あり)

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「やりました……ネモはやりました、セリ様!」

 圧勝だった。まさに幸運EX。
 衝撃が走ると同時に、納得した。
 青空のもと開催された『総当たりジャンケン大会 inウィンローズ薔薇園』──

 神様は、ひたむきに頑張る少女へ微笑んだのだった。


  *  *  *


 ゼノが不機嫌だ。
 元々口数の多いほうではないのでわかりにくいけど、明らかに機嫌がよろしくないのが空気感でわかる。
 たとえるなら、そっぽを向いた黒猫。

「ネモが勝ち取ったご褒美ですから、私からこれ以上申し上げることはございません」

 一方で、素直に負けを認めたヴィオさんの対応が大人なこと。

「ゼノー、ねぇゼノってばー」

 無言で振り返ったこがねの瞳に、へらりと笑いかけてみた。とたん、見上げた眉間に深い深いしわが刻まれる。

「いけません、セリ様。そんなお可愛らしい笑顔で見つめても、私は誤魔化され……」

「うん?」

 不自然に途切れる不満。首をかしげるあたしのもとに、きゅっと唇を引き結んだ青年の影と体重が落っこちてきた。

「……かわいい……」

 語彙力もくそもない独り言だ。何故かゼノの知能が急低下して、甘えた炸裂してきたぞ。急なデレだ。

「ありがとねー」

 濡れ羽の癖毛をわしゃわしゃ撫でくり回す。
 ぎゅうぎゅう抱きしめ、すりすり頬ずりしてきたかと思えば、しまいにはごろごろ喉を鳴らし始めたゼノさん。
 へにゃっと垂れた猫耳が見えた気がしたのは、あたしの錯覚だろう。

 そしておや、何やらヴィオさんの様子が……?
 そんな険しい顔しないで、笑顔のほうが似合いますよ。はい、にこっ! それですそれそれ! イケメン!
 ネモちゃんも泣きそうな顔しないで、笑って笑って! うーん素敵! かわいいよ!

「母さんには、猛獣使いの才能があるよ」

「へ、猛獣使い?」

「ジュリ様に激しく同意ですわ」

「リアンさんまで、なんで?」

 一体どこに猛獣が?
 はて、と首をひねれば、つられたようにゼノ、ヴィオさん、ネモちゃんが、こてりと同時に首をかしげる。
 みんなも心当たりがないらしい。真相はわからずじまいだ。

「何でもない。さぁ行こっか。そろそろお昼だ」

「もうそんな時間!?」

 反射的に見上げれば、ジュリの言う通り、さっきよりずっと高いところに太陽が昇っていた。
 のんびりお散歩しすぎていたらしい。ランチタイムに遅れたら、アンジーさんに叱られちゃうね。

「よーしみんな、食堂まで競走しよう! 一番早かったひとにデザートひとつ追加してもらおうね! それっ、すすめー!」

「あっ、もー、母さんってば!」

 ジュリをはじめとしたみんなは、突拍子もないことを言い出したあたしを咎めることはしない。
 トイ・ゴーレムへ号令をかけ、人が早足になるくらいのスピードで駆け出した背中に、くすりと笑い声をもらして続くだけだ。

 久々に調子がいいからね、大目に見てよ。
 そんな心の声を、口には出さなくても、感じ取ってくれたみたいだった。

 見渡す限りの青空のもとで、おひさまに見守られながら1日を終えてゆく。
 そうした漠然と平穏な日々の中にあって、ふと我に返る。
 薔薇の葉の擦れ合う音が、何だか落ち着きのない気がして。

 ふいに吹き抜けた風が、鼓膜だけでなく鼻腔までくすぐる。
 何だろう……不思議と懐かしくて、落ち着く香りがする。

「……お線香?」

 いや、よく似てるけど……もっと涼やかで、それでいて甘い、上品な香りだ。
 誘われるように見渡した視界を、よぎるものがある。
 音もなくなびく、艷やかな紫紺の髪。目にも鮮やかな朱色の衣。
 いつからそこにいたのだろう。静寂とともに佇むその人影を認識したとき、風向きが変わった。

「──あな、らうたきや」

「え……?」

 それは女性の声、だったように思う。詠うような、美しい声音だ。
 おもむろに振り返ったそのひとは、ごく自然にあたしを捉えた。そこにいることを知っていたかのように。





 鮮やかに透き通った情熱の赤。華やかながらも気品を感じさせるピジョンブラッド。ルビーを彷彿とさせる双眸に映し出され、一瞬呼吸を忘れる。

 息を飲むほど綺麗な女性だ。着物の衿をくつろげたような、白い肩と胸元を剥き出しにした衣裳も相まって、漂う色気にどきりとしてしまう。
 外見でいうなら、ヴィオさんより少し年上くらい? 赤い瞳を持っているということは、彼女は──

「待ちわびたぞ。天つ風にいざなわれし黒眼の乙女子おとめごよ」

「……あたしを、待ってた?」

 当然ながら、彼女とは面識がない。思い当たる節がないんだけど……と途中まで思考を巡らせ、着眼点が違うことにハッとした。
 あたしがウィンローズを訪れていることは、ウィンローズ市民も知らない極秘情報。
 にも関わらず、大して驚いた様子もなく、まるで知っていたかのような口ぶりだった。彼女は一体……
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