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本編

*57* 晴れのちパニック イザナSide

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 注ぎ口の反対側に持ち手が突出した白磁のティーポット。同じ材料で作られた円筒形のカップ。
 特徴的な形状を持つそれぞれが『キュウス』と『ユノミ』というらしい。
 ウィンローズを訪れて、このふたつを目にすることは、僕のささやかな楽しみだったりする。

「オリーヴちゃんの淹れる『リョクチャ』は、格別だねぇ」

「お招きした立場ですもの。おもてなしは当然ですわ」

「はは、偉いひとにでもなった気分だよ」

「エデンの大魔術師様が何をおっしゃいますか」

 おっと、おしゃべりが過ぎたようだ。苦笑を受け、いったん口を閉じる。
 思ったことを言っただけではあるけど、これ以上はオリーヴちゃんを困らせてしまうな。どうせなら有意義な話題を提供しよう。

「セリちゃんだけどね、スープを飲めるようになっていたよ。悪阻も引いてきたようだし、神力が胎内のオーナメントの魔力と調和したんだろう。安定期だね」

「ありがとうございます、イザナ先生」

「僕は横で見ているだけさ。頑張っているのはセリちゃんだよ」

 診察が終わると、応接間でお茶をいただくかたわら、オリーヴちゃんへ経過の説明をする。
 もう4回目になるささやかなお茶会だけど、この間に色んな光景を目にした。

 薬草を採るために広大な植物園へ自ら赴くネモ。
 小柄な彼女に合わせて積み木を組み立てているリリィ。
 常にそばを離れず、彼女を苛むものがないよう守っているレティ。

 生まれたときから知っている。これまでの彼女らを思い返せるからこそ、その『変化』があまりに鮮やかなんだ。

「さながら一輪の花に魅入られた蝶、といったところかな」

「花は、愛されるために咲きほころぶものなのです。……本当にすごい子ですわ、セリは」

「同意しかないよ」

 彼女は希望の星であり、愛の花でもある。多くの人々を魅了し、幸福をもたらす。

「セントへレムも、変わるだろうね」

「それも星の導き、ですか?」

「いや? 僕個人の独断と偏見。人間の直感とか感性はね、案外馬鹿にできないものだよ」

「イザナ先生がおっしゃられると、説得力があります」

 そうさ。星なんか読まなくたって、僕がそう思ったから、そう感じたからと、それでいいときもある。
 理屈で説明できない。だけど周囲の人々を突き動かす『何か』を、セリちゃんは持っている。だからあの子はいつも人の輪の中心にいて、愛されるんだ。

 出産予定日まであと3日。来たる大仕事に向けて、僕も気合を入れますかねぇ、なんて、お茶を啜ったまではよかったものの。

「……ちょっと待って。このお菓子美味しすぎない?」

『リョクチャ』と一緒に出されていた、お花のかたちをしたお茶菓子。
 ちいさなナイフのような木のスティックで切り分けたものを何気なく食べたら、衝撃がすごいのなんの。
 滑らかな舌触りに、ほんのり広がる甘さ。『リョクチャ』のほろ苦さに引き立てられたそれは、エデンで見たことのない新感覚のスイーツだ。

「これは練切りといいまして、白餡──豆を煮詰めてつぶしたものをよく練ってかたちを作り、色粉などで色をつけたお菓子になります」

「全部かたちも色も違うんだけど、オリーヴちゃんの手作りなの? この花びらも1枚1枚?」

 ここまで繊細なお菓子は見たことがないよ……すごいな。見た目が華やかで味も美味しいお菓子って、最高なのでは?

「ねぇ、このお菓子、イグニクスに帰るときにもお願いしたいんだけど、いいかな? うちの子にも食べさせてあげたくて」

「まぁ、気に入っていただけて光栄です。喜んでご用意いたしますわ」

「ありがとう! いいお土産が持って帰れるよ」

 こんなに綺麗で美味しいお菓子なら、キティも喜んでくれると思うな。楽しみがまたひとつ増えたよ。

 ……ひらり、ひらり。

 るんるん気分で『ネリキリ』を味わっていたときのこと。どこからともなく風が吹いて、視界をかすめるものがあった。
 その瞬間、口にしたばかりの桃色の花びらを思わずひと飲みしてしまう。

「あらら……」

 疲れ目かな。目を何度か擦ってみたけど、変わりはなく。
 真っ赤な光の鱗粉を舞わせる蝶が、めちゃくちゃ顔面に突撃してくるんだよね。

「わぁ、すごく主張の激しいパピヨン・メサージュだなぁ。心当たりしかないぞぉ」

 うわさをすれば何とやらとは言うけど……それにしたってタイミングがよすぎじゃない?

「ストップストップ! わかったから!」

 観念して手を差し出せば、顔面を離れたパピヨン・メサージュが右の手のひらに舞い降りる。
 真紅の光がほとばしり、やがて現れた手紙の紐をといて広げてみると──

「…………うん?」

「どうなされたんですか? イザナ先生」

 手紙を開いたまま固まってしまった僕へ、オリーヴちゃんが恐る恐る問いかけてくる。
 手にしたものをそっと掲げ、問題の文面を見せてみた。
 そうすれば「まぁ……」とオリーヴちゃんも口元を押さえ、驚きを隠しきれないようで。

「そういうことだから急用ができたよ。ちょっと外に出てくる。美味しいお茶とお菓子、ごちそうさま!」

 言うが早いか、椅子から立ち上がって応接間を飛び出す。

「ほんと、この老体をこき使ってくれるね……」

 近年まれに見る全力疾走で邸内を駆けながら、意識のすべては一点に集中させて。

「──『インターステラ・コンパス』」

 ぽう、と足元に浮かび上がった星の羅針盤が、赤い光の柱の伸びる方角を指し示した。あっちのほうはたしか……えぇ、そんなことある?

「もう、おてんばなんだから……僕の子猫ちゃんは!」

 何もないといいんだけど。
 そんな祈りさえも、まばゆい太陽のもとでは取るに足りないものであったことを思い知るのは、すぐ後の話。
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