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本編
*62* 待機
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ヴゥン──……
突然襲った重力に、呼吸が詰まる。
「っ……うぅ……」
「母さん、どうしたの!」
「……あつい、のに……さむ、い」
薔薇の影にいるからじゃない。発熱したときの悪寒とも違う。
手足の末端から力が抜けて、体温も奪われゆくこの感覚は……
「あれを見てください!」
ネモちゃんの声が上がる。やっとの思いで見上げた青空に現れた黒い光によって、インクがにじむようなドーム状の帳を下ろされる。
その箇所だけが、明らかな異空間。昼に夜を無理やり繋ぎ合わせたような、異様な光景だった。
「あれはまさか……神域」
「神域って?」
「マザーが神力をお使いになるとき、その周囲は神なる領域と化します。招かれざる者にとっては呼吸することさえ困難な、言わば濃密な魔力空間と同じでしょう」
「その神域を、ドールであるゼノが展開した……それじゃあ母さんの不調も」
「えぇ、無理な神力の使用に呼応したことによるものかと。マザーのそれとは違い、あれは未完成な神域です。制御を失ったまま放置してしまえば、セリ様も、ゼノ様自身も危険です」
あのリアンさんが、笑みを潜めて黒い空を見上げている。危機的状況であることを、この場の誰もが理解していた。
「セリ様、しばしおそばを離れますことをお許しください」
「待ってヴィオさん、オレが行くよ。母さんの神力を魔力の元にしてるオレのほうが、多少なりとも耐性があるはずだ」
ダメだよ、待って、あたしが。
そう声にしたいのに、グラグラと脳内が揺れて言葉にできない。
「……遅かったか」
緊迫した中、ふいの発声。弾かれたように振り向くジュリとヴィオさん。
オニキスとペリドットの瞳が、純白のフードを背に流して歩み寄るプラチナブロンドの少年を映し出した。
「イザナ先生!」
「遅れてごめんね。お詫びに僕が何とかするから、ここで待っててくれるかい?」
「危ないのはみんな一緒でしょ、オレが行くってば!」
「ジュリ」
「なに……うわっ!」
食い下がるジュリの言葉は不自然に遮られる。放られた純白のローブに、呼吸を阻まれたためだ。
「セリちゃんが寒がってるから、それ着ていいこにしてて」
「急になんなのさ! ちゃんと説明し、て……」
はたと口をつぐむジュリ。何かに気づいたらしい。
驚愕に染まったオニキスの瞳は、今まさに払いのけようとしていた純白のローブを凝視している。
「ジュリ。──待機、だ」
追い討ちのごとく、再び呼ばれる名前。ジュリはもう、言い募ることはしなかった。
純白のローブを脱ぎ捨てた少年が、燃え盛る太陽のように鮮やかな赤の軍服をまとっていたこと。
その細い腰の両側に純白の鞘が提げられていることの、示す意味とは。
「……イザナ、くん……?」
ほぼ無意識につぶやいて、ふわりとふれたぬくもりに我に返る。
あたしを抱きしめたジュリごと、リアンさんが純白のローブで包み込んでくれていたのだ。
真綿でくるまれているみたい。やわらかくて、あたたかい……
「このローブは特殊な魔法装具の一種で、特長のひとつに魔力の放出を防ぐ役割があると、お話に聞いたことがあります」
「それが、母さんの神力が放出されるのも防いでるって?」
「おそらく。イザナ先生ほどの大魔術師ともなりますと、極限まで洗練された強力な魔力が、マザーの神力とほど近い性質をお持ちになることによるものでしょう」
「なるほどね。道理で神力の安定剤なんてものが作れるわけだ。しかも、それだけじゃないね」
「ジュリ……?」
感心してみせる一方で、さっきからローブの端を握りしめて顔をしかめている理由は何なのか。
その答えは、リアンさんが。
「ふふ、何でも装備者の魔力量が多いほど肉体的負荷のかかる、特別仕様なのだそうですよ」
「重い、重すぎる……まるで鋼鉄の鎧でも着てるみたいだ……これ着て何食わぬ顔で歩いてたとか、あり得ないんだけど」
毎日くるくると働き回り、体力には自信があると話していたジュリが、どっと疲れたように息を吐き出している。
一方で羽根のように軽く感じるのは、あたしが魔力をまったく持たないから……?
魔力の放出を防いだり、魔力量に比例して負荷のかかる仕組み。
そうした特殊な細工の施されたローブを、イザナくんが肌身離さずまとっていた理由は。
突然襲った重力に、呼吸が詰まる。
「っ……うぅ……」
「母さん、どうしたの!」
「……あつい、のに……さむ、い」
薔薇の影にいるからじゃない。発熱したときの悪寒とも違う。
手足の末端から力が抜けて、体温も奪われゆくこの感覚は……
「あれを見てください!」
ネモちゃんの声が上がる。やっとの思いで見上げた青空に現れた黒い光によって、インクがにじむようなドーム状の帳を下ろされる。
その箇所だけが、明らかな異空間。昼に夜を無理やり繋ぎ合わせたような、異様な光景だった。
「あれはまさか……神域」
「神域って?」
「マザーが神力をお使いになるとき、その周囲は神なる領域と化します。招かれざる者にとっては呼吸することさえ困難な、言わば濃密な魔力空間と同じでしょう」
「その神域を、ドールであるゼノが展開した……それじゃあ母さんの不調も」
「えぇ、無理な神力の使用に呼応したことによるものかと。マザーのそれとは違い、あれは未完成な神域です。制御を失ったまま放置してしまえば、セリ様も、ゼノ様自身も危険です」
あのリアンさんが、笑みを潜めて黒い空を見上げている。危機的状況であることを、この場の誰もが理解していた。
「セリ様、しばしおそばを離れますことをお許しください」
「待ってヴィオさん、オレが行くよ。母さんの神力を魔力の元にしてるオレのほうが、多少なりとも耐性があるはずだ」
ダメだよ、待って、あたしが。
そう声にしたいのに、グラグラと脳内が揺れて言葉にできない。
「……遅かったか」
緊迫した中、ふいの発声。弾かれたように振り向くジュリとヴィオさん。
オニキスとペリドットの瞳が、純白のフードを背に流して歩み寄るプラチナブロンドの少年を映し出した。
「イザナ先生!」
「遅れてごめんね。お詫びに僕が何とかするから、ここで待っててくれるかい?」
「危ないのはみんな一緒でしょ、オレが行くってば!」
「ジュリ」
「なに……うわっ!」
食い下がるジュリの言葉は不自然に遮られる。放られた純白のローブに、呼吸を阻まれたためだ。
「セリちゃんが寒がってるから、それ着ていいこにしてて」
「急になんなのさ! ちゃんと説明し、て……」
はたと口をつぐむジュリ。何かに気づいたらしい。
驚愕に染まったオニキスの瞳は、今まさに払いのけようとしていた純白のローブを凝視している。
「ジュリ。──待機、だ」
追い討ちのごとく、再び呼ばれる名前。ジュリはもう、言い募ることはしなかった。
純白のローブを脱ぎ捨てた少年が、燃え盛る太陽のように鮮やかな赤の軍服をまとっていたこと。
その細い腰の両側に純白の鞘が提げられていることの、示す意味とは。
「……イザナ、くん……?」
ほぼ無意識につぶやいて、ふわりとふれたぬくもりに我に返る。
あたしを抱きしめたジュリごと、リアンさんが純白のローブで包み込んでくれていたのだ。
真綿でくるまれているみたい。やわらかくて、あたたかい……
「このローブは特殊な魔法装具の一種で、特長のひとつに魔力の放出を防ぐ役割があると、お話に聞いたことがあります」
「それが、母さんの神力が放出されるのも防いでるって?」
「おそらく。イザナ先生ほどの大魔術師ともなりますと、極限まで洗練された強力な魔力が、マザーの神力とほど近い性質をお持ちになることによるものでしょう」
「なるほどね。道理で神力の安定剤なんてものが作れるわけだ。しかも、それだけじゃないね」
「ジュリ……?」
感心してみせる一方で、さっきからローブの端を握りしめて顔をしかめている理由は何なのか。
その答えは、リアンさんが。
「ふふ、何でも装備者の魔力量が多いほど肉体的負荷のかかる、特別仕様なのだそうですよ」
「重い、重すぎる……まるで鋼鉄の鎧でも着てるみたいだ……これ着て何食わぬ顔で歩いてたとか、あり得ないんだけど」
毎日くるくると働き回り、体力には自信があると話していたジュリが、どっと疲れたように息を吐き出している。
一方で羽根のように軽く感じるのは、あたしが魔力をまったく持たないから……?
魔力の放出を防いだり、魔力量に比例して負荷のかかる仕組み。
そうした特殊な細工の施されたローブを、イザナくんが肌身離さずまとっていた理由は。
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