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本編
*69* パレード開始
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「なんで、あたしなの……?」
「君は異世界から来たマザーであり、『夜眼』の持ち主でもある。様々なイレギュラーをかけ合わせた存在なんだ。それが理由だと断言するにはまだ早いけど、『彼ら』が君にご執心なことは間違いない」
だとするなら、あたしはどうすればいいんだろう。どうするのが正解なんだろう。
セントへレムを素敵な街にしようって、ジュリと約束したのに……みんなを守る力が、あたしにはない。
頭が、真っ白になった。
うなだれるあたしを見かねてか、衣擦れの音がして、純白の袖が視界を掠める。
「セントへレムのみんなは、無事だよ。キティが暴れるモンスターを倒したからね。治療が得意なうちの子たちも呼んでおいたから、怪我をしたひとたちも心配は要らない」
「イザナくん、タユヤさん、ありがとう……」
「助け合うのは当たり前のことだよ。気にしないで」
頭を撫でられる優しい手の感触がある。見上げた先で、はにかむアメシストがにじんだ。
「その上で、今度は真面目に話をするけど。うちにおいで、セリちゃん」
「それは、イグニクスにってこと?」
「そう。今すぐには無理だから、無事出産をして、産後の肥立ちも安定してから」
「出産直後のマザーほど、無防備なものはないわ。兵力においても、医療環境においても、イグニクス以上の場所はありません。わたくしも、イザナ先生の提案に賛成します」
あたしの目線に屈んで語りかけるイザナくんの落ち着いたまなざしや、真剣なオリーヴの声音に、涙があふれそうになる。
──あたしが、イグニクスへ。
ついこないだ冗談で流したことが、こんなに切実な現実味を帯びるだなんて。
「ごめん……」
「どうして謝るんだい」
「色々、迷惑かけちゃうから……」
みんな優しいから、あたしにはもったいないくらいよくしてくれる。
でも、だからって「それじゃあよろしくね」って頼りきりにするのは、違うと思う。
「あたし、悔しいよ……みんなに何も返せてない」
やっと前に進めたと思っていたのに、また途方もない道のりが広がった。
あたしの1歩は、取るに足りないちっぽけなものなんじゃないの? こんな調子で、目的地にたどり着けるの?
底知れない不安ばかりが、胸にはびこる。
あぁ……ダメだ。弱気になってしまう。しっかりしないといけないのに。
「黙って胸を貸すのが、先達のつとめ」
誰もが沈黙する中、水面を揺らしたような声音が響く。
そっと頬へふれられる感触にまばたきをする頃には、艷やかな紫紺の髪が目前を滑った。
「後進は黙って身をゆだねていればよい。芽は摘ませぬ」
「タユヤさん……」
「こちらこそ、大事なときにこんな話をしてごめん。大丈夫、怖がらなくていい。僕たちが守るからね」
「イザナくん……」
うつむいて、迷ってもいい。
だけど君は独りじゃないってことだけは、忘れないで。
声にしなくたって、イザナくんたちのそんな言葉が、聞こえるようだった。
そうだよ。あたしまで滅入ってたら、おなかの子まで悲しんじゃう。
守らなきゃ。それが母親の、いま成すべきことだ。
「みんな、力を貸してくれる?」
「当たり前だよ。みんな、母さんのために集まってるんだから」
「うん……ありがとね、ジュリ」
感極まって肩を震わせるあたしを、目線までかがみ込んできたジュリが抱きしめてくれる。
「ありがとう……みんな」
ジュリだけじゃない。ゼノも、オリーヴも、ヴィオさんも、リアンさんも、ネモちゃんも、タユヤさんも、イザナくんも、みんなあたたかくて、力強いうなずきで、応えてくれた。
「では、これからのお話なんだけれど──」
オリーヴが口を開こうとした、そのときだった。ぱぁ、とまばゆい光が走り、緑色の光の鱗粉を舞わせる蝶が現れた。
「パピヨン・メサージュ?」
「転移魔法が発動している……ウィンローズ騎士団内で、緊急時に使われるものです」
緊急時。その場にいた全員に緊張が走る。
いち早く反応したヴィオさんが、文書に姿を変えたパピヨン・メサージュへ素早く目を通し、険しげにペリドットを細める。
「街に、モンスターが出現したとのことです」
「街にですって。セントへレムとの地境を巡回している団員からは、報告はないのですか? ヴィオ姉様」
「あぁ。セントへレムから侵入したならば、街へ到達する前に討伐できるはずなのだが」
「うわさをすれば、なんとやら。十中八九『彼ら』の仕業だろうねぇ。レティ、詳細は?」
「モンスターの正確な数は、不明と」
「おやおや」
「街の人たちが危ないです! 早くどうにかしないと!」
「ありがとうございます。ですが、ご心配には及びません、レディー」
「ヴィオさん……?」
緊張事態には違いない。でも緊張はゆるめないまま、静かに受け答えるヴィオさんの表情は、落ち着いていた。
そして言葉を継いだのは、ネモちゃんだ。
「街にはモネが向かっています。『赤薔薇鼓笛隊』が、わがウィンローズの民を傷つけさせはしません」
「あかばら、こてきたい……」
ふと、思い出すことがある。
そうだモネちゃんも、ネモちゃんと同じ、ウィンローズ騎士団副団長だったんだ、って。
* * *
色とりどりの花とグリーンカーテンにあふれた街は、いつものにぎわいをひそめ、閑散としている。
「モネ様、市民の避難誘導が完了しました」
「おっけー! よーし、ここから大仕事ね」
ブタだかコウモリだかよくわかんないモンスターが、大群で押し寄せてくる。遠目から見てもキモいったらありゃしない。
「招かれざる客は、この噴水広場でお迎えしましょう」
コツリとブーツの底を鳴らして、ターン。軍服の燕尾とスカートがひるがえって、よし、ナイスポーズ!
「パレードの時間ね。『赤薔薇鼓笛隊』、行っくわよー!」
赤薔薇モチーフのバトンを、空高くへ放り投げる。
ひらひら、くるくると赤いリボンがダンスしたら、それが合図。
「私たちの音楽で、追い返してやるわ!」
ウィンローズの街に、軽快なリズムとメロディーが響きわたった。
「君は異世界から来たマザーであり、『夜眼』の持ち主でもある。様々なイレギュラーをかけ合わせた存在なんだ。それが理由だと断言するにはまだ早いけど、『彼ら』が君にご執心なことは間違いない」
だとするなら、あたしはどうすればいいんだろう。どうするのが正解なんだろう。
セントへレムを素敵な街にしようって、ジュリと約束したのに……みんなを守る力が、あたしにはない。
頭が、真っ白になった。
うなだれるあたしを見かねてか、衣擦れの音がして、純白の袖が視界を掠める。
「セントへレムのみんなは、無事だよ。キティが暴れるモンスターを倒したからね。治療が得意なうちの子たちも呼んでおいたから、怪我をしたひとたちも心配は要らない」
「イザナくん、タユヤさん、ありがとう……」
「助け合うのは当たり前のことだよ。気にしないで」
頭を撫でられる優しい手の感触がある。見上げた先で、はにかむアメシストがにじんだ。
「その上で、今度は真面目に話をするけど。うちにおいで、セリちゃん」
「それは、イグニクスにってこと?」
「そう。今すぐには無理だから、無事出産をして、産後の肥立ちも安定してから」
「出産直後のマザーほど、無防備なものはないわ。兵力においても、医療環境においても、イグニクス以上の場所はありません。わたくしも、イザナ先生の提案に賛成します」
あたしの目線に屈んで語りかけるイザナくんの落ち着いたまなざしや、真剣なオリーヴの声音に、涙があふれそうになる。
──あたしが、イグニクスへ。
ついこないだ冗談で流したことが、こんなに切実な現実味を帯びるだなんて。
「ごめん……」
「どうして謝るんだい」
「色々、迷惑かけちゃうから……」
みんな優しいから、あたしにはもったいないくらいよくしてくれる。
でも、だからって「それじゃあよろしくね」って頼りきりにするのは、違うと思う。
「あたし、悔しいよ……みんなに何も返せてない」
やっと前に進めたと思っていたのに、また途方もない道のりが広がった。
あたしの1歩は、取るに足りないちっぽけなものなんじゃないの? こんな調子で、目的地にたどり着けるの?
底知れない不安ばかりが、胸にはびこる。
あぁ……ダメだ。弱気になってしまう。しっかりしないといけないのに。
「黙って胸を貸すのが、先達のつとめ」
誰もが沈黙する中、水面を揺らしたような声音が響く。
そっと頬へふれられる感触にまばたきをする頃には、艷やかな紫紺の髪が目前を滑った。
「後進は黙って身をゆだねていればよい。芽は摘ませぬ」
「タユヤさん……」
「こちらこそ、大事なときにこんな話をしてごめん。大丈夫、怖がらなくていい。僕たちが守るからね」
「イザナくん……」
うつむいて、迷ってもいい。
だけど君は独りじゃないってことだけは、忘れないで。
声にしなくたって、イザナくんたちのそんな言葉が、聞こえるようだった。
そうだよ。あたしまで滅入ってたら、おなかの子まで悲しんじゃう。
守らなきゃ。それが母親の、いま成すべきことだ。
「みんな、力を貸してくれる?」
「当たり前だよ。みんな、母さんのために集まってるんだから」
「うん……ありがとね、ジュリ」
感極まって肩を震わせるあたしを、目線までかがみ込んできたジュリが抱きしめてくれる。
「ありがとう……みんな」
ジュリだけじゃない。ゼノも、オリーヴも、ヴィオさんも、リアンさんも、ネモちゃんも、タユヤさんも、イザナくんも、みんなあたたかくて、力強いうなずきで、応えてくれた。
「では、これからのお話なんだけれど──」
オリーヴが口を開こうとした、そのときだった。ぱぁ、とまばゆい光が走り、緑色の光の鱗粉を舞わせる蝶が現れた。
「パピヨン・メサージュ?」
「転移魔法が発動している……ウィンローズ騎士団内で、緊急時に使われるものです」
緊急時。その場にいた全員に緊張が走る。
いち早く反応したヴィオさんが、文書に姿を変えたパピヨン・メサージュへ素早く目を通し、険しげにペリドットを細める。
「街に、モンスターが出現したとのことです」
「街にですって。セントへレムとの地境を巡回している団員からは、報告はないのですか? ヴィオ姉様」
「あぁ。セントへレムから侵入したならば、街へ到達する前に討伐できるはずなのだが」
「うわさをすれば、なんとやら。十中八九『彼ら』の仕業だろうねぇ。レティ、詳細は?」
「モンスターの正確な数は、不明と」
「おやおや」
「街の人たちが危ないです! 早くどうにかしないと!」
「ありがとうございます。ですが、ご心配には及びません、レディー」
「ヴィオさん……?」
緊張事態には違いない。でも緊張はゆるめないまま、静かに受け答えるヴィオさんの表情は、落ち着いていた。
そして言葉を継いだのは、ネモちゃんだ。
「街にはモネが向かっています。『赤薔薇鼓笛隊』が、わがウィンローズの民を傷つけさせはしません」
「あかばら、こてきたい……」
ふと、思い出すことがある。
そうだモネちゃんも、ネモちゃんと同じ、ウィンローズ騎士団副団長だったんだ、って。
* * *
色とりどりの花とグリーンカーテンにあふれた街は、いつものにぎわいをひそめ、閑散としている。
「モネ様、市民の避難誘導が完了しました」
「おっけー! よーし、ここから大仕事ね」
ブタだかコウモリだかよくわかんないモンスターが、大群で押し寄せてくる。遠目から見てもキモいったらありゃしない。
「招かれざる客は、この噴水広場でお迎えしましょう」
コツリとブーツの底を鳴らして、ターン。軍服の燕尾とスカートがひるがえって、よし、ナイスポーズ!
「パレードの時間ね。『赤薔薇鼓笛隊』、行っくわよー!」
赤薔薇モチーフのバトンを、空高くへ放り投げる。
ひらひら、くるくると赤いリボンがダンスしたら、それが合図。
「私たちの音楽で、追い返してやるわ!」
ウィンローズの街に、軽快なリズムとメロディーが響きわたった。
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