【完結】ユキイロノセカイ

はーこ

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本編

*32* おまじないの呪縛

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 おまじないのように、言い聞かせられた言葉がある。

「優しさは人を救う。だからせつ、常に優しくありなさい」

 お母さんは病気がちで、よくお父さんに辛く当たっていた。
 投げた物が当たって、おでこから血が出たりもしてたけど、お父さんは優しく笑っていた。
 そうすれば、お母さんもつられて笑うことがあったから。

(ぼくだったら、いたくてないちゃうのに。すごいなぁ)

 幼心に、お父さんを尊敬した。

 やがて思春期になると、言いつけが痛いくらい身に沁みた。

 気に入らないから殴っただの。
 好きな人を盗ったから仲間外れにするだの。

 個性よりも集団が先行する、イヤな風潮。
 陽だまりみたいなお父さんのそばとは、まるで別世界だった。

(どうしてみんなは、誰かを傷つけるの? 自分がされたら、イヤでしょ?)

 訴えるぼくへ、お父さんは静かに答える。

「だからおまえは、笑顔でいなさい。人を悪魔にする空気も綺麗にするくらい、優しくありなさい」

 その言葉はストンと胸に落ちて。中学に上がった年の冬の日、ぼくは怒ることも泣くことも、やめた。

 そのうちに、お母さんが悪い魔物に連れて行かれちゃって。
 悲しかったけど、お母さんを心配させるだろう? ってお父さんが言うから、泣かなかった。一生懸命笑ったんだよ。
 そんなぼくたちを、お葬式で、親戚のおじさんやおばさんたちは冷たい目で見てた。

 ……優しく笑っていればいいってことに、いけない疑問を抱いた瞬間。


  *  *  *


 ぼくがまだ高校生の、寒い寒い12月のことだったっけ。
 久しぶりにお父さんが一緒に帰ろうと誘ってくれたので、喜んで家路についたぼく。数十分後にはなぜか、来たことのないオシャレな喫茶店にいて……

 なぜか、スラリと背の高い、綺麗な女の人(もしかしたら、お父さんより高いかもしれない)と、よく似た小学生くらいの男の子が、目の前にいた。

「ほら、よろしくお願いします?」

 テーブルに頬杖をつき、むすぅっ、と無言でそっぽを向く男の子。
 その横っ面を、ばちこーん! と平手打ちが襲った……って、え!?

「ってぇなぁ!!」
「お父さんとお兄ちゃんになに、その可愛くない態度は」
「そっちが勝手に決めたんだろ!」
「ぐずるのもいい加減にしな、かえで。アンタの母親は私。子供は親の言うことを聞くもんでしょうが」
「ツバキちゃん……その辺りにしてあげようか」
「でもねアキさん、子供は、甘やかしたらろくなことしでかさないのよ」
「突然家族だって言われたら、だれだって戸惑うさ。これから少しずつ打ち解けていけばいい。ね?」

 目の前で展開される会話について行けてないのは、きっとぼくだけ。

「雪、前に話しただろう? お父さん、再婚するんだって」
「うん……じゃあ」
「お母さんになってくれる、椿さんだよ。そっちの子は、楓くん。雪の弟だ」
「おとうとっ!」

 一緒に遊んだり、勉強を教えてあげたり。学校から帰っても、ひとりで宿題や読書をしていたぼくが、ひそかに憧れていたこと。それが、現実になるという。
 弟。いまのぼくにとって、最高の魔法の言葉。

「ぼく、雪っていうんだ。よろしくね、楓くん!」
「……なに、ヘラヘラしてんの」
「うん?」
「…………ムカつく」

 弟ができるって、浮足立ったのもつかの間。
 会って早々、厳しい言葉を浴びせられることになるなんて。これが結構ヘコんだんだよ……

 ぼくのどこが悪かったのか、気になって仕方なくて。なかなか相手にしてくれなかった楓くんは、しつこいくらい付きまとうぼくに、白旗を挙げる。

 ぼくは、人間らしくないんだって。
 確かに楓くんを見てると、怒ったり、悲しんだり、自分の本音、包み隠さず話してた。
 笑うだけなら、人形にだってできる。喜怒哀楽があるのは、人間だけだ……って。
 戸惑いながらも、少しずつ、前へ踏み出せているような気がした。

 そんなとある休日。楓くんがフラッと出かけたまま、帰ってこなかった。
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