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*7* 雪(兄さん)を救出せよ!

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 足取りも軽く、家路を急ぐ。
 ねぇ聞いてせつ、お友達2人もできちゃいました、ブイ! ってやるつもりが。

「雪兄さん、今夜遅くなるってさ」

 ……フライングぅううう!
 リビングで脱力したあたしに「まぁまぁ、これでも食べて!」とかえでが用意したのは、問題のディナーで。

 卵、タマネギ、トマト、ピーマンをアルミホイルの中にブッ込んで、野生の勘で焼き上げたという、その名も〝タマタマトマピー〟……もはやなにが主役かわからん。
 がしかし、マヨネーズの焦げ具合が、具材と絶妙にハーモニー。
 冷蔵庫の残り物掃除係の名は、ダテじゃなかった。

 それからお風呂に入ったり、今日のノートを見返したりして、チラチラ時計が気になり始めたころだった。
 大事件が起きたのは。


「――もう一度おっしゃってくださいます?」


 バラエティ番組の談笑を、地底を這うような低音が貫いた。
 まさか……とソファーからふり返れば、ついさっき着信があって席を立った楓が、リビングの入り口で、スマホ片手に頬をピクピク引きつらせている。

「何を? 何故? どの様に?」

 あれ、寝ぼけてんのかな? 楓の背後に、ドス黒いオーラが……

「……なにやってんすか、こンのザル野郎ッ!!」

 うぉっ! 楓が、ブチ切れた!?

「今から行くんで、これ以上手ぇ出したら承知しませんからねッ!!」

 怒りのままシャウトしてスマホの通話を切る楓に、訊ねずにいられようか、いやいられない。

「……何事です?」

「雪兄さんがやられた」

「はっ? 誰に、何を!?」

「上司に無理やり酒呑まされた」

 ――うーん……ぼくはお酒弱くて。

 いつかの困り顔が、フラッシュバックした。

「ぐ、具合が悪いの?」

「病院に連れてくほどじゃない。けど……」

「けど!?」

「兄さん、いきなりパタンと倒れちゃうから。とにかく、迎え行ってくる。ユキさんは留守番お願い」

「待って楓! あたしも行くっ!」

「ダーメ。ユキさんまで飲んだくれに目ぇつけられちゃう」

「ちゃっちゃと連れ帰ればいいでしょ。雪の一大事に座ってられっか!」

 第一、雪は退院したばっかなんだよ?
 なにかあったりしたら、あたし、今度こそどうにかなっちゃう!
 必死の訴えが届いたのか、楓がため息をひとつ。

「……りょーかいです」

 負けたよ、と。
 首の後ろを撫でていた大きな手のひらが、あたしの頭に移る。

「外は肌寒いから、上着取っといで」

「40秒待ちな」

 時刻は21:00。
 只今より、救出作戦を開始する!


  *  *  *


 部屋のクローゼットから薄手のカーディガンをかっさらい、夢中で夜の街を駆けること、十数分。

「やぁ楓くーん、また背が伸びたんじゃないのー?」

 宴会用に設けられた座敷に、あたしたちは対面していた。
 メンバーは10人前後。男女比は半々くらい、か。
 楓に気づいた恰幅のいいおじさんが、出来上がった顔で手招きする。

「成人おめでとう! 楓くんも来ちゃいなよー」

「呑・み・ま・せん!」

 なるほど、このおじさんが主犯だな。
 楓の背中から顔をのぞかせ、すぐに墨色の頭を見つける。

「雪!」

「…………」

 失礼を承知で、お邪魔させてもらいます。
 緊急事態なんです。だって、呼んでも返事がないんだもん!

「雪、大丈夫?」

 座敷の隅、畳の上で正座し、微動だにしていなかった雪。
 発熱したみたいに顔が火照って、ボンヤリしてる。

「……ユキ、ちゃ……?」

「うん、迎えに来た。先上がらせてもらお?」

 早く休ませてあげなきゃ……!
 手を貸すあたしに、忍び寄る影がある。

「あらぁ、あなたひょっとして、月森さんのカノジョさん?」

「預かってるっていう親戚の子でしょー?」

 お姉様方に、右から左から絡まれた。

 そういえば今気づいたが、年齢層若めだな、この呑み会。ほぼ20代……行っても30代前半だろう。平均年齢を引き上げているとしたら、おじさんくらいだ。
 歓迎会……にしちゃあ、ちょっと時期が下がってる気がするけど。

月森つきもりさんって、家だとどうなの~?」

 どうもなにも、ウサギでゆるふわな天使ですけど。
 そんなことを言おうものなら、ほろ酔いお姉様方の、格好のサカナになってしまう。

 途方に暮れて視線を飛ばすも、楓はおじさんに説教中。
 酔っぱらいが、こんなに面倒とは……

「さっすが女子大生ですねー。若いっていいなー!」

 とある男性にのぞき込まれたときのこと。

 ピクリ――……

 それまで黙りこくっていた雪が、身じろいだ。
 ヘナヘナと脱力していた指先が、あたしの指のすきまに滑り込む。
 と思った矢先、腕を引っ張られる感覚。

「わ!?」

「……失礼します」

「ちょっ、雪っ!?」

 初めて経験する力強さだった。
 グイグイと痛いくらいに手を引かれ、あっという間に座敷の入口へ。

「ユキさん! よかった、雪兄さんも一緒で」

「んんん~? ユキちゃんっていうのかい? べっぴんさんだねぇ。よかったら、」

「未・成・年・ですっ!」

 さすがラスボス、楓も苦戦しているようだ。
 声をかけようとして、腕を一際強く引かれる。
 身体の向きは、店の出口を、チョコレート色の瞳は、あたしだけをしかと捉えている。
 帰るよ、ってこと……?

「でも、楓が」

 グイッ。

 ……なにを言っても、無駄なようだ。
 軽く会釈だけして、そっと後にした居酒屋。

(あたし、雪の迎えに来たんだよね……?)

 きらびやかな繁華街を歩かされながら、戸惑う。
 1歩も2歩も先を行く後ろ姿は、なにも語らない。
 ただただ、絡められた左手の力が、強いだけだった。
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