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*10* メンズとーく! 雪Side

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 青々と晴れ渡った朝。
 カーテンを開けて、陽の光を浴びながら伸びをするのが、気持ちよくて好き! ……なんだけど。

「うぇ……気持ち悪いぃ……」

 とっても惜しいことをしました。にこにこ笑顔をくれる太陽さんに、申し訳ないです。
 ちょっぴり憂鬱なぼくを出迎えてくれたのは、かえくん。

「そんなせつ兄さんは、このシジミ汁を問答無用で飲み干してください」

「あ、どうもでーす……」

 吐き気、ときどき頭痛。うん……完璧な2日酔いです。
 おはようの後は、食卓でペコリ。

「昨日はお世話をかけました……」

「非は一切合切野中のなかさんにあるんで、兄さんは悪くないよ!」

 野中さんは、ぼくの上司さん。
 恰幅のいいおおらかな外見の通り、気さくないい人なんだけど、ちょっと茶目っ気がすぎると言いますか。
 ソフトドリンク用のグラスでカクテルを出す、とか?

 なんでも、あのお店の常連さんだからできた仕込みなのだとか。
 いやぁ、ぼくも本気で苺ミルクだと思ってましたーあはは、はぁ……

ゆきちゃん……」

 うぅ……何度思い返してもダメ。
 昨晩のこと、一から十まで覚えてますから!
 ぼくのバカッ! 暴走しすぎ!

「怖がらせたよねぇ……」

 正面の空席を見て、何回目かわからないため息。
 そんなぼくを、右側に座るかえくんが頬杖で見てる。

「雪兄さんがユキさんになにをしたかは、大体見当がつく」

「うっ……!」

「けどソレは、仕方ないだろ? 一緒に住んでる以上、発情しないほうがおかしい。好きなら余計」

「ストレートで来たね!」

「つーか、ユキさんと添い寝してなにもしない雪兄さんは、超人かと」

「そうかなぁ……?」

「俺だったら襲ってる。なにもなくても押し倒したいくらいだから」

「幸ちゃん、かわいすぎるもんねぇ……」

「うん、かわいい……添い寝したいくらい。1回ダメ?」

「添い寝したら襲うって話してたよね!?」

「俺だってユキさんと寝たいもん!」

「じゃあ川の字で寝ましょう!」

「くそ、その手があったか……!」

「そうそうっ!」

「…………」

「…………」

「……なんの話してたっけ?」

「ぼくもよくわからないです」

 首をひねりながら、シジミ汁をひと口。
 ちょっと冷めちゃってた。だけど、猫舌な幸ちゃんにはちょうどいいかな? なんて。
 ぼくの中は文字通り、寝ても覚めても幸ちゃんでいっぱいなんだよね。

「雪兄さんは、どのくらいユキさん好き?」

「ギューッてしたら、心のポカポカで、身体が溶けちゃうんじゃないかなぁってくらい。かえくんは?」

「四六時中後ろをついて回りたいくらい」

「まるで番犬くんだね!」

「ストーカーのスの字も出ない兄さんの清らかさに、俺は打ちのめされそうです」

 だって幸ちゃんが嫌がることは、絶対にしないでしょう?
 かえくんは、ぼくの自慢の弟くんだからね。

(清らか、かぁ……)

 そう見えるのは、臆病だからなんだよ?
 優しくしたい。だけどぼくにもね、願望が少なからずあるんだ。
 幸ちゃんのため。自分のため。いつもその狭間で天秤を揺らしてる。

「でもさ、雪兄さん」

「なぁに? かえくん」

「俺ら、ホントに幸せな初恋してるよな」

「だねっ!」

 かえくんは、昔から女の子が苦手で。
 ぼくも、恋物語を本で読んだことはあっても、ピンときてなくて。
 そんなぼくらが同じひとに恋をして、それでも楽しく笑い合えている幸せ。
 きっとそれは、幸ちゃんだから叶ったこと。
 あの子は、ぼくたちの幸福そのもの。

「まぁ、ユキさんが雪兄さんに愛想をつかす日が来るとしたら、太陽が西から昇るか、宇宙が終わるときなんで」

 ガタリ、としなやかな脚で椅子から立ち上がったかえくんは、すかさず続ける。

「ユキさんが傘を持って行ってないってことは、知っといてください。家であれこれ考えるよりも、ね」

「傘……?」

 かえくんの視線をたどれば、日本地図に青色斑点。

「2日酔い、早いとこやっつけといてね!」

 液晶画面に釘付けの視界を、忙しそうなかえくんがかすめた。

「ありがとう。行ってらっしゃい!」

 カバンを肩に颯爽とリビングを後にするかえくん、お見送り完了です。
 さぁ、朝ごはんを食べたら、ぼくも準備しなくちゃ。
 やりたいことがいっぱい。特に夕方は。

 今日は、第3金曜日です!
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