聖女と騎士

じぇいど

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沈思

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 さて。

 今、私は、ベッドの中におります。
 絶賛仮病&ふて寝&沈思黙考中です。


 昨日の国葬のあとから、疲れた、しんどい、と言い張って私は部屋のベッドに潜り込んだままだ。
 なんかね。頭の中がぐちゃぐちゃになったみたいで、ちょっとここら辺でいろいろと状況を整理してみたいと思ったんだよね。一人でゆっくりと。


 私は、聖女。


 いったいなんの冗談か、と笑い飛ばしたくなる字面だけど、ここの人たちが私をそういうポジションで扱おうとしている、というこの推察はたぶん間違ってない。
 あの後、礼拝堂の側廊から長い階段を昇らされて、大きな窓の外、張り出しというかバルコニーみたいなところへと連れて行かれた。


 初めて見る異国の街並み。
 赤っぽい石造りの建物が立ち並ぶ風景は、まるでどこかの世界遺産のよう。やっぱり日本じゃない。電柱も信号も車の一台も見えない街なんて日本にはない。わかっていたこととはいえ、こうして改めて突きつけられると、心がすくむ。

 眼下には、満員電車なんて目じゃないほどの人、人、人。
 礼拝堂横の広場だけでなく、その広場に通じる道にも、家々の窓にも、人が鈴なりになっている。
 礼拝堂内の貴族と違って貧しいからか、着ているものは黒だけでなく色もまちまちだったけれど、疲れた様子と、泣きはらした瞳は、その場の皆に共通していた。

 国葬に集まった民衆たち。ここにいる誰もが、礼拝堂の中に安置されている壺の中に親しい者がいるんだろう。そう考えたら、胸がぎゅっと痛くなった。
 こんなに多くの人たちが哀しんでいる。その哀しみが共鳴してくる。

 けれど。
 私をバルコニーに立たせた神官長が人々に向かって、この娘がスフィーダ聖女だと宣言した瞬間、辺りがおおお、というどよめきと共に震撼した。
 ほんと、冗談じゃなく、足踏みと歓声とで空気がびりびりと震えたの。
 こちらを見上げる人々の瞳には、憧憬と尊崇。安堵と歓喜。拝む人や、地に伏して頭をすりつけてる人もいる。

 嫌というほどわかった。
 この人たちは、痛いほど切実に聖女スフィーダを必要としているんだって。
 だから、私は新しく現れた聖女として、国葬で姿を見せなきゃならなかったんだって。
 人心を安らげるために。

 

 うん。聖女が必要な理由はわかりましたです。
 で、たまたま現れた正体不明の私にその役を振ったのも、まあ理解できる。
 ほら、あれよ。ミステリアス、ってやつだ。

 昨日、たくさんの人の頭を上から眺めて知ったよ。この国に、ざ・じゃぱにーずにありがちな黒髪の人って、あんまりいないんだね。金とか銀とか薄い茶色とか、淡くてキラキラした色が全体に多い。
 ここで見たことのある私以外の黒髪って、護衛のレスターさんだけだ。けど、彼の瞳の色は金。黒目の人は、これまでのところ知らない。
 たぶん、黒髪黒目って、相当希少種なんじゃないかと思う。物珍しい見かけ、って、聖女として祀りあげるには、役立つんじゃないかな。
 よかったよ。黒髪黒目は悪魔の使い、とか、そんな世界に来たんじゃなくて。


 ただ、ここで一つ問題が。


 聖女って、なに?


 単なる聖職者の役職名? 異世界から来た転移者の呼び名? それともなんかの力がある女性のこと?

 
 私のこれが異世界転移だとしてですよ。
 小説なんかによくあるチート能力発動――なんて感じは、今のところ私にはかけらもない。きわめて普通の一般女子。
 特殊能力もない、美醜の評価が違って絶世の美女扱いされることもなければ、いきなりイケメンに溺愛されもしない(残念)。言葉もわからないし、意思の疎通にも苦労するから、超イージーモードの転移パターンというわけじゃあなかろう。
 かといって、殴られ捕らわれて奴隷市とか、敵国のスパイと間違われて囚人にとか、娼館しか稼げなくて、というハードモードでもない。
 やっぱりそこそこのイージーモードってとこかな。言葉もわからず身分もあやふやな不審者が、こうしてメイドさんたちにかしずかれてのんきに言葉のおべんきょなんてさせてもらえてるんだから。超はつかないけど、イージーモード。

 その理由が、聖女にあるとすれば納得はするんだけど、私のなにをもって聖女と認定したのか、というところが、なあ・・・。


 単に黒髪だとか、異国からの客人は縁起がいいから聖女と呼ぼう、とか、そういう茶柱的な感じならまあいいんだけど、礼拝堂に押しかけた人たちの感動しっぷりをみるに、どうもそれではすまない気がする。
 あれはどうみても、現実に、具体的に、なんらかの御利益を求めてるっぽいよね。すごく私になにか期待してるよね。

 なんだろう。私になにをさせたいんだろう。


 そんなチートなんて持ってないのに、聖女に祀り上げられてていいのかな。あの人たちを騙してることにならないかな。
 そもそも、私をスフィーダだと言ったスタイン先生や神官長には、どういう意図があるんだろう。

 単なる呼び名なら別にいいんだけど、もし、もしもよ。
 聖女にはなんかの力が必要だというのなら、あの人たちは。
 
 本気で心の底から私を聖女だと信じているのか。
 それとも民衆のためにとりあえず聖女に据えてるだけなのか。
 もしくは、私の中に秘められた能力が眠っていることを知っていたり――って、これはあまりに中二発想かー。


 ふむ。

 そこのところをはっきりさせておく必要がありますね。


 あと、聖女に求められている責務はなにか。
 どのくらいの地位なのか。
 私の意思はどの程度まで認めてもらえるのか――その辺りも要確認だな。


 還りたいからその方法を探したい、って言ったら許されるのか。
 誰かをメイドさんや護衛にしたい、と言ったら任命してもらえるのか。
 聖女のわがままとして、特例で、騎士の誓いを無効にできるのか。

 この先、聖女をやらされるなら、自分が我慢できることと、そうでないことをちゃんと頭に入れておかないと、そのうち私は潰れる――そんな気がする。
 
  
 そう考えたら、一刻も早く確認をとりたくなってきた。
 
 よし、仮病終了。 
 私は勢いよく起き上がった。

 スタイン先生を呼んでもらおう。

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