聖女と騎士

じぇいど

文字の大きさ
21 / 36

衝撃

しおりを挟む

『……あの、ライラアーレ様、って……?』


 私がそう口に出した途端、ほんの一瞬、辺りの空気がぴしりと凍ったのは、気のせいじゃないと思う。
 どうしようか、どこまで話そう、そんな駆け引きめいた視線が、ご令嬢の間で飛び交って。

 そんな中、落ち着いて口を開いたのが、リシュリーズ様――『五公家』と呼ばれる公爵家でももっとも力を持つという、カルンディート家のご令嬢だった。


『……王家の姫君ですわ』


 王家の姫君……?


 え、待って。ちょっと待って。
 私は頭の中で記憶のマイ辞書をものすごい勢いでめくる。
 貴族令嬢とのお茶会の前に、この国の重要人物の名前は叩き込まれたけどさ、そんな名前、一度も聞いた覚えがないんだけど。

 今ここにいるご令嬢はみんな公爵令嬢だから、王家の血を引いているけれど、臣籍降下した家柄なので王家とは見なされない。
 王家というのは、現国王のご家族と、現国王の弟家族――あのくそいけ好かないイケオジね。ヴァランドス大公家。
 それに、現国王のご生母、つまりギルフェールドさんのお祖母ばあ様に当たる大后様と、現国王の叔父君、アッシャード大公のご一家の、全部で4家。
 ご結婚された姫君は降嫁されて王家からは離れるから、『王家の姫君』と呼ばれるのは、基本、未婚の女性に限られるんだけど……はて、その4家の中に、ライラアーレ、なんて名前、なかったと思うんだけど……。

 
 考えながらも、じんわりと冷たい汗が背筋に浮かぶ。

 さっき、ディセレネ様がつぶやいた言葉、その意味が、ゆるゆると頭にしみ込んできて。


『私、ザイアス将軍は、ライラアーレ様に騎士の誓いを捧げるんだとばかり思っていましたわ』


 それって。

 ギルフェールドさんには、騎士の誓いを捧げたい相手がいた、ってことだよね。

 つきん、と胸に小さな痛みが走ったけれど、それには気づかないふりをする。


 そんな人がいたんならさー、成り行きで仕方なかったとはいえ、私の騎士なんかにならされて、さぞかし不本意だよねえ。ほんっと、あのくそイケオジってば。
 けど……王家の姫君で、『ライラアーレ』って聞いたことないよ。
 私の覚え忘れ? 降嫁して王家から出られた? 
 それとも。

 
 国を救った英雄となったギルフェールドさんが望んでも、騎士の誓いを捧げられないような相手。
 それって――。


 目の前に浮かぶのは――すすり泣きと吠えるような慟哭に満たされた暗い聖堂。
 その中心に据えられた、花で埋もれた小さな棺――。


『王家の姫君、って……どこの大公家の姫でいらっしゃいますか?』


 尋ねる自分の声が、どこか他人のように遠く聞こえる。


 そんなこと聞いちゃいけない。
 知ってはいけない。
 ダメだダメだダメだ、と心が警告を鳴らすのに、私の口は閉じてくれない。


『王家の皆様のお名前は、覚えたつもりでいたのですけれど』
『それは――』


 また一同が視線を交し合う。


『すでに王家から離れたお方でいらっしゃるので――』
『え? 聖女様、ご存じありませんの?』


 リシュリーズ様の台詞せりふを遮り、周りの空気が読めないかのように無邪気に口を挟んだのは、やっぱりディセレネ様だった。


『聖女様をこの地にお呼びになり、この国を救われた救国の姫様じゃあありませんか』


 ……ああ。

 やっぱりね。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】お飾り妃〜寵愛は聖女様のモノ〜

恋愛
今日、私はお飾りの妃となります。 ※実際の慣習等とは異なる場合があり、あくまでこの世界観での要素もございますので御了承ください。

主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから

渡里あずま
ファンタジー
安藤舞は、専業主婦である。ちなみに現在、三十二歳だ。 朝、夫と幼稚園児の子供を見送り、さて掃除と洗濯をしようとしたところで――気づけば、石造りの知らない部屋で座り込んでいた。そして映画で見たような古めかしいコスプレをした、外国人集団に囲まれていた。 「我々が召喚したかったのは、そちらの世界での『学者』や『医者』だ。それを『主婦』だと!? そんなごく潰しが、聖女になどなれるものか! 役立たずなどいらんっ」 「いや、理不尽!」 初対面の見た目だけ美青年に暴言を吐かれ、舞はそのまま無一文で追い出されてしまう。腹を立てながらも、舞は何としても元の世界に戻ることを決意する。 「主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから」 ※※※ 専業主婦の舞が、主婦力・大人力を駆使して元の世界に戻ろうとする話です(ざまぁあり) ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

ベッドの上で婚約破棄されました

フーツラ
恋愛
 伯令嬢ニーナはベッドの上で婚約破棄を宣告された。相手は侯爵家嫡男、ハロルド。しかし、彼の瞳には涙が溜まっている。何か事情がありそうだ。

完【恋愛】婚約破棄をされた瞬間聖女として顕現した令嬢は竜の伴侶となりました。

梅花
恋愛
侯爵令嬢であるフェンリエッタはこの国の第2王子であるフェルディナンドの婚約者であった。 16歳の春、王立学院を卒業後に正式に結婚をして王室に入る事となっていたが、それをぶち壊したのは誰でもないフェルディナンド彼の人だった。 卒業前の舞踏会で、惨事は起こった。 破り捨てられた婚約証書。 破られたことで切れてしまった絆。 それと同時に手の甲に浮かび上がった痣は、聖痕と呼ばれるもの。 痣が浮き出る直前に告白をしてきたのは隣国からの留学生であるベルナルド。 フェンリエッタの行方は… 王道ざまぁ予定です

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

悪役令嬢の涙

拓海のり
恋愛
公爵令嬢グレイスは婚約者である王太子エドマンドに卒業パーティで婚約破棄される。王子の側には、癒しの魔法を使え聖女ではないかと噂される子爵家に引き取られたメアリ―がいた。13000字の短編です。他サイトにも投稿します。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

処理中です...