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衝撃
しおりを挟む『……あの、ライラアーレ様、って……?』
私がそう口に出した途端、ほんの一瞬、辺りの空気がぴしりと凍ったのは、気のせいじゃないと思う。
どうしようか、どこまで話そう、そんな駆け引きめいた視線が、ご令嬢の間で飛び交って。
そんな中、落ち着いて口を開いたのが、リシュリーズ様――『五公家』と呼ばれる公爵家でももっとも力を持つという、カルンディート家のご令嬢だった。
『……王家の姫君ですわ』
王家の姫君……?
え、待って。ちょっと待って。
私は頭の中で記憶のマイ辞書をものすごい勢いでめくる。
貴族令嬢とのお茶会の前に、この国の重要人物の名前は叩き込まれたけどさ、そんな名前、一度も聞いた覚えがないんだけど。
今ここにいるご令嬢はみんな公爵令嬢だから、王家の血を引いているけれど、臣籍降下した家柄なので王家とは見なされない。
王家というのは、現国王のご家族と、現国王の弟家族――あのくそいけ好かないイケオジね。ヴァランドス大公家。
それに、現国王のご生母、つまりギルフェールドさんのお祖母様に当たる大后様と、現国王の叔父君、アッシャード大公のご一家の、全部で4家。
ご結婚された姫君は降嫁されて王家からは離れるから、『王家の姫君』と呼ばれるのは、基本、未婚の女性に限られるんだけど……はて、その4家の中に、ライラアーレ、なんて名前、なかったと思うんだけど……。
考えながらも、じんわりと冷たい汗が背筋に浮かぶ。
さっき、ディセレネ様がつぶやいた言葉、その意味が、ゆるゆると頭にしみ込んできて。
『私、ザイアス将軍は、ライラアーレ様に騎士の誓いを捧げるんだとばかり思っていましたわ』
それって。
ギルフェールドさんには、騎士の誓いを捧げたい相手がいた、ってことだよね。
つきん、と胸に小さな痛みが走ったけれど、それには気づかないふりをする。
そんな人がいたんならさー、成り行きで仕方なかったとはいえ、私の騎士なんかにならされて、さぞかし不本意だよねえ。ほんっと、あのくそイケオジってば。
けど……王家の姫君で、『ライラアーレ』って聞いたことないよ。
私の覚え忘れ? 降嫁して王家から出られた?
それとも。
国を救った英雄となったギルフェールドさんが望んでも、騎士の誓いを捧げられないような相手。
それって――。
目の前に浮かぶのは――すすり泣きと吠えるような慟哭に満たされた暗い聖堂。
その中心に据えられた、花で埋もれた小さな棺――。
『王家の姫君、って……どこの大公家の姫でいらっしゃいますか?』
尋ねる自分の声が、どこか他人のように遠く聞こえる。
そんなこと聞いちゃいけない。
知ってはいけない。
ダメだダメだダメだ、と心が警告を鳴らすのに、私の口は閉じてくれない。
『王家の皆様のお名前は、覚えたつもりでいたのですけれど』
『それは――』
また一同が視線を交し合う。
『すでに王家から離れたお方でいらっしゃるので――』
『え? 聖女様、ご存じありませんの?』
リシュリーズ様の台詞を遮り、周りの空気が読めないかのように無邪気に口を挟んだのは、やっぱりディセレネ様だった。
『聖女様をこの地にお呼びになり、この国を救われた救国の姫様じゃあありませんか』
……ああ。
やっぱりね。
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