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茶会
しおりを挟む『……本当に今日は素晴らしい日和で、なによりですわ』
『ええ、聖女様のご威光は計り知れませんこと』
鈴を振るような麗しい声たちが笑う。
……はい。
確かに本日は晴天なり。
天高く澄んだ青空、きらめく太陽、小鳥のさえずり、頬をなでるそよ風にかぐわしい花々の香り、完璧なテーブルセッティングとくれば――これぞ、ザ・お茶会ですよね。
そうです。私、ただいま、お茶会の真っ最中です。
そしてそして、気分は戦場真っただ中、という感じであります。
目の前にいるのは、金や銀の髪キラキラと、フリルや宝石で着飾ったご令嬢たち。
皆すばらしく美人で、おしとやかで、品があるけど――なんというか、目が笑ってないんだよねえ。
『素晴らしい日和でなにより』って言葉は、言い換えれば、『日に焼けるのに外でお茶会なんかするんじゃないわよコンチクショー』って意味かもしれないし、『聖女様のご威光』うんぬんは、『でも聖女の茶会だから仕方なく付き合ってるんだけどね!』いう婉曲な嫌味なのかも、なんだって。
いやー、お貴族様の物言いって難しいな!
今回で、もう、二けたに届こうかという回数をこなしてきたけれど、いまだに慣れない。
初めて外部の人を招いてのお茶会――貴族令嬢とのお茶会が終わった後、ね。
疲労困憊ながらも、それなりにうまくいったんじゃない? と満足してた私に、お茶会で給仕を務めていたメイドさんが、そっと教えてくれたんだ。
貴族令嬢たちの言葉の裏の意味、ってヤツを。
いやもうマジで、お貴族様めんどくせー!!!! って絶叫したくなったけど、外部の人たちと話してみたいってお願いしたのは自分だしね。文句が言えるはずもなく。
給仕を務めてくれてるメイドさんたちが、本当に悪意を持って意地悪してきたご令嬢に関してはちゃんとチェックしてくれてるらしいし、露骨に私を利用しようとしたり、取り込もうとしたりした問題ありのご令嬢は、次から招待しないようにしてくれてるそう。
隅には護衛役の騎士も控えてるから、実力行使でどうにかされる、って危険もないし。
私の安全に関してはこれ以上ないほど備えてくれているのがわかるから、自分ではあまり深く考えないことにした。考えても対処できるはずないし。
それでも、目の前のお嬢さん方が、実はこっちを腹の中で嗤ってるんじゃないかと想像しながらお茶を飲むのは、精神衛生上よくないわあ。胃がもたれそう。
『リリカシアの花があんなに見事に咲き誇って』
『本当に。赤に白のフイリなんて、初めて見ましたわ』
『さすが王宮の「翠緑の庭園」ですこと』
『あの……フイリ、って?』
恐る恐る口を挟む。
気後れするけど、私の言葉のレッスンのためにこの茶会を開いていることは、ご令嬢方もみんな承知の上だしね。新しい単語を覚えるチャンスを逃したりしたら協力してくれてるみんなに申し訳ないよ。
異国から来た聖女が言葉を覚えたがっているため、同じ年頃の娘たちと気軽に話せる茶会を定期的に催すことにした、ついては、聖女に言葉を教えるように、聖女の話し方が拙くとも気にしないように、というお達しが下ってるそうで。
『ああ、フイリというのは――』
私の質問を受けて、横に座っている銀の髪のおっとりしたお嬢様が、白くて華奢な手を挙げると、花でいっぱいの茂みを指し示した。
『あの茂みに咲いている赤い花のカベン――花びらに、白い点々が散っているのがおわかりになりますか?』
澄んだ優しい声。穏やかな物言い。ほんっとに見事なプラチナブロンド。
彼女はトリスティーア様。
お茶会に参加している令嬢たちのなかでは、珍しく裏表がない感じで、私が内心、もっと仲良くなってみたいな、と思っている子。
メイドさんたちの評価も同様みたいで、今日で三回目の出席だ。
『あのように、別の色が散っている模様のことを斑、模様がはいっていることを、斑入り、と呼ぶのですわ』
『斑が入る――入る……あー、だから、斑入り!』
『はい』
納得してぽん、と手を打った私に、トリスティーア様が笑顔をみせてくれて、二人でにっこりと笑いあった。
あー、なんかいいなあこの感じ。ほのぼの。
トリスティーア様は、貴族令嬢の中でも、最も高位の貴族に当たる。
というか、今日のお茶会、みんな最高位貴族のご令嬢ばっかりなんだよ。
えーとね、こっちの身分制度って、王族以外に世襲なのは四つ。
自分にわかりやすいようにあっちの爵位に置き換えてみるとね、上から、公爵、伯爵、子爵、男爵って感じ。
最高位の貴族――公爵は、王族が臣籍降下して出来た家柄で、今は5家――あ、このまえギルフェールドさんが新たに加わったから6家か。元王族の血筋だからいちばん身分も高いけど、王位継承権はない。
伯爵は領地と軍を持って、国を守る貴族。9家。戦争で功を成した家柄が多いらしい。
子爵は文政で、男爵は財産や技能で、それぞれ15家と28家。
で、私のお茶会は、同じ身分のご令嬢を招いて開いている。
お茶会の席で身分の上下があると、どうしても上位貴族に応対しなくちゃならなくなるし、そうすると、下位貴族から不満が上がるでしょう?
そこをうまくさばくのが、お茶会のホストの腕なんだろうけど、私にそんな器用な真似、無理だからね。同じ身分同士しかいないのなら、この人とよく話すのは気が合うから話が合うから、で、すませられるもの。
で、正直なところ、この公爵令嬢たちとのお茶会が、いちばん楽。
たぶん、皆様腹に一物あることはわかるんだけど、それを露骨に出さないというか、こちらに感じさせないだけの品と教養があるんだよね。さすが、教育が行き届いているのがよくわかる。
身分が下になればなるほど、あわよくば、取り入ろう、取り込もう、利用しよう、という下心がすごいんだもん。たぶん、父親とか家族に言い含められてるんだろうけど。
公爵家はいちばん身分が高いから、他の家よりお招きする回数が多くても文句が出ないし、私も楽だということもあって、今のこのメンバーといちばん多く顔を合わせている。
『そういえば、マリルアトラ様のお屋敷のお庭にも、珍しい色のリリカシアがあると伺ったことがございますわ』
『斑入りのリリカシアに比べれば、大したことはないのですけれど……』
キサルーニャ様の言葉に、マリルアトラ様が、栗色の髪を揺らしてはにかむ。
『薄い緑の花が咲くのです。今度、花束をお届けしますね』
『あら、せっかくですもの。聖女さまにお越しいただけばよいのでは?』
おーう、キサルーニャ様、アウト発言すれすれ来ましたー。
これが言いたくて、リリカシアの花の話題出したのね。そっかー。
すっと視線をわずかにずらすと、隅に控えている騎士がなにやらメモったのが見えた。うーん、ブラックリスト入りかな、これ。
キサルーニャ様のご実家――ローメスター家は、前にいらした姉君も、すごく高飛車な物言いをする人で、メイドさんたちからダメだしされたんだよね。
代わりに招待されるようになったキサルーニャ様は、これまでは当たり障りなくやってたんだけど・・・私を王宮から連れ出すように吹き込まれたのかなー。
『あ、いえ、私、王宮の外へは出ませんので』
『どうしてですの? 王宮に閉じ込められているわけでもないでしょうに』
『閉じ込められている、わけでは、ありません』
ぶんぶんぶん、慌てて首を振る。
そこは全力で否定しておかないと。そのために始めたお茶会なんだから。
『私が、出たくない、のです』
『なぜですの?』
『えーと……この世界に、慣れていないので……怖い、のです』
知らないところが、と付け加えると、今度はディセレネ様がこてん、と首を傾げた。
『でも、聖女様の騎士様は、あのザイアス将軍でしょう?』
『はい?』
『あんなお強い軍神が騎士様でいらっしゃるのに、なにがお怖いと?』
いやいやいや、そんな私用で勝手に使えるほど、暇でも気安いお方でもないでしょう!
『ギルフェールド様は、お忙しいから――』
『まあ、お名前でお呼びになっていらっしゃるの?』
わあ、っとその場が盛り上がった。
あ、しくじった。
『いや、えーと』
『やっぱり聖女様ですわね! あの将軍をお名前で!』
『聖女様と将軍は親しくていらっしゃるんですの?』
『当然でしょう! 騎士の誓いを捧げていらっしゃるんですもの!』
……さすが女子。
公爵令嬢たちといえども、こういう話題には一致団結して盛り上がるなあ。
『いや、騎士の誓いっていっても、それは――』
『あ、でも』
ディセレネ様が、ふと、つぶやく。
『私、ザイアス将軍は、ライラアーレ様に騎士の誓いを捧げるんだとばかり思っていましたわ』
……ライラアーレ様……?
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