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祝福
しおりを挟むギルフェールドさんの後をついて、廊下を曲がり、階段を上り、扉をいくつもくぐって、完全にもう独りでは自分の部屋へたどり着けないな、と思い始めた頃。
細い石造りの階段を上って、アーチ状の廊下を曲がると、そこは外――バルコニーみたいな手すりのついた屋外スペースだった。
結構高い。たぶん、四階建てのビルくらいの高さはあるんじゃないかな。
見下ろすと、下は中庭みたいになっていて、正面には、尖塔のついた荘厳な建物が建っている。
あの形知ってる。国葬の時連れていかれた建物よりはかなり小さいけど。
聖堂だ。
『あの中で、今、結婚式を?』
横に立つギルフェールドさんを見上げる。
どーでもいいけどほんっと背高いな。こうしてみると、細身なのに意外と二の腕太いし。
『そうだ。じきに花嫁と花婿が出てくる』
気が付くと、背後にはメイドさんたちがずらり。その数、総勢10人以上。
皆、淡いブルーグリーンのおそろいのドレスを着てる。南の島の海の色をすごく薄くしたみたいな、ものすごく綺麗な色。形は、私が着ているのと同じエンパイアドレス。
ニイマさんとか、今日の私当番じゃない人たちだけじゃなく、さっきまで大騒ぎして私の着付けしてたチルフィーヌさんたちもいるから驚いた。素早いな着替え。
皆、手には白いリボンで飾られた籠を持っている。中には、純白の花びらがこんもりと入っているのが見えた。
あー、なんとなく読めたぞ。
ライスシャワーならぬフラワーシャワーね。
ここから、新婚カップルの頭上に花吹雪撒くんだ!
これなら、聖女がディーラムさんの結婚式をすっぽかした、なんて言われずにすむし、ディーラムさんのメンツも立つ。距離があるから、聖女目当てのお貴族様たちに取り囲まれる心配もない。おまけに、私もディーラムさんと花嫁さんの幸せそうな姿を見られるし、この国の結婚式に多少なりとも参加できるし。
花吹雪で祝福なんて、いかにも厳かな儀式っぽいから、聖女としての株も上がるだろう。
王宮側の一番の狙いはそこにあるのかもだけど……花吹雪、きっと綺麗だもん。花嫁さん、絶対嬉しいと思う。
誰も困らなくて、今日の主役の二人に喜んでもらえるなら、これ以上の計画はないよね。ギルフェールドさん、さすが!
わかったらなんだかすごく楽しくなってきた。
周りを見回すと、着飾ったメイドさんたちもとても嬉しそうに笑ってる。お互い顔を見合わせて、さらに笑顔が弾けた。
いいな。幸せそうなのって、いいよね。楽しいのって、最高だ。
空はどこまでも青くて。
お日様はキラキラ輝いてて。風がそよそよと心地いい。
そして、楽し気で綺麗なメイドさんたちと、そんなメイドさんたちに目を細めてるかっこいい護衛の騎士たち。
手には花籠。清らかな甘い香りが辺りを包んで。
横には目も覚めるような、どイケメン。
これで楽しくならなきゃ嘘でしょ。
聖堂の鐘が鳴る。さすがにここまで近いと迫力。
扉が開いて、歓声を上げながら、人がわらわらと出てきた。
とっさに出てきたのが騎士の若者たち。入口の両隣に列を作って、花道を作る。
おう、さすがに動きがきびきびしてて揃ってるなあ。訓練されてるー。
そのあとに、着飾った女の子たちが続く。騎士たちが作った列の間を、恥ずかしそうに通って列の後ろについた。聖堂の中を覗き込みながら、口々に何か声を上げている。
そこへ。
主役登場!
騎士の正装をしたディーラムさんと、彼に手を取られてしずしずと現れた花嫁さん――ナンネットさん。
二人とも、黒地に金の刺繍がすっごく映えて、豪華! ゴージャス!!
日本の感覚じゃ、結婚式に黒、ってちょっと違和感があるけど、お色直しと考えたら、これ以上華やかな衣装もそうはないな。
だって、モノホンの騎士に、ビスクドールも真っ青の西洋美女ですよ? まるで映画見てるみたい。
さすがにディーラムさん、かっこいいなあ。制服の威力からか、晴れの舞台ということからか、普段の三割増しだ。
ナンネットさんも、初めてみるけど、華奢でかわいらしい感じの美人だった。
お二人の馴れ初めを聞いたことのある身としては、へー、あんな楚々とした美女が、親の反対にもかかわらず、長い間ディーラムさんと愛をはぐくんでいたのかあ、と感慨深くなる。彼女の燃えるような見事な赤い髪が、なんとなく意思の強さを表しているような気がした。
素敵素敵。かわいらしくて、でもしっかりしてそうで。ディーラムさんとほんとお似合い。うん。
二人は聖堂の入り口で立ち止まると、先に出た騎士や令嬢たちに、はにかむように軽く会釈する。
と、騎士たちが一斉に抜刀し、剣を掲げた。
銀の刃が陽光にきらりと光る。ご令嬢たちがきゃーと歓声を上げた。
おおう! これはあれですか! ルパン映画でクラリスの結婚式のときに見た、あれ!
二人がゆっくりと剣の下を進みだす。と。
私の背後で、メイドさんたちが一斉に歌い始めた。
え? え? びっくり。なにが起こったの?
思わず振り返ろうとすると、横にいるギルフェールドさんと目があった。
吸い込まれそうなくらい蒼い瞳が、じっとしていろ、というように私を見つめる。
ああ、はい。アイコンタクト了解。
空気読む国の出身だからね。それくらいわかるよ。
聖女らしく、どっしりと構えてろってことね。Yes,Sir.
ところどころ理解できる歌詞からして、歌っているのはどうやら聖歌? 讃美歌? そんなような曲らしかった。神を讃え、その祝福をー、みたいな感じ。
清らかで、美しい旋律は、この場にとてもよく似合った。
メイドさんたちの歌に驚いたのは、私だけじゃない。
眼下の令嬢たちや、ディーラムさんがこっちを振り仰いだのが見えた。
ディーラムけさんが破顔一笑し、ナンネットさんが、まあ、まあ、どうしましょう、とでもいうように、こっちとディーラムさんの顔を交互に見ては、彼の肩をぱしぱし叩いている。
背後から私に近づいてきたニイマさんが、花びら籠を差し出した。
うん。出番ですね。
私は籠から花びらを両手いっぱいにすくうと、笑顔でディーラムさんたちの頭上に散らす。
そーれ!
掛け声は心の中でだけね。
あくまで聖女の威厳を保ちつつ、しとやかに。厳かに。
触れてみると、花びらはものすごく薄くて軽かった。
半分透き通ってるみたい。そういう種類の花なのかな。ひょっとしたら押し花なのかも。
風に乗って、すぐには落ちず、ひらひらと宙を漂う。
歌っていたメイドさんたちも、花びら撒きに加わったから、辺りはまるで、季節外れの雪が降っているかのように見えた。
ものすごく幻想的で美しい光景に、思わず言葉を失う。
令嬢たちが歓声を上げながら、花びらをつかもうとぴょんぴょん跳ねている。
抜刀している騎士たちの表情がほころんでいる。
華やかな騒ぎに、まだ聖堂の中にいた位の高い参列者たちも皆出てきては、降りしきる白い花びらに目を丸くしている。感動したのか、ハンカチを目に押し当てているご婦人もいる。
ディーラムさんが、こちらを見上げながら、軽く手を挙げ、ついで、騎士服の裾を引っ張った。そうすると、胸に飾ったコサージュが見える。
ナンネットさんも、それに気づいたように、わずかに首をひねってみせた。
そこには、豪華な金細工とともに赤い髪を飾る、白い桜の花。
胸がいっぱいになった。
ああ、いい景色だなあ。
ディーラムさんたちが、弾けるような笑顔で手を振る。
ありがとう、とでも言うかのように。
ありがとう、っていいたいのはこっちだよ。
この世界に来て、こんなに楽しくて嬉しい気持ちになったのは、初めてかもしれない。
なんか、大声で叫びたい気分。
おめでとう、って言いたいなあ。
けど、大声出すのって、聖女っぽくないだろうし。
あー、でも、気持ち吐き出したい。お礼言いたいよ。
そのとき。
ふと、頭の中にメロディが浮かんだ。
あ、これ。
中学のときの合唱コンクールで歌った――。
えっと、あれだ。ワーグナーの、『タンホイザー』。
ちょっと古語っぽい歌詞と、晴れやかな曲調が、ひそかにお気に入りだったっけ。
ワーグナーなら、ターンタカターン、ターンタカターンってその名もずばり『結婚行進曲』が有名だけど、あれ歌詞知んないし。
知らず知らずのうちに、足が一歩前に出る。
音楽は好き。
合唱部ではなかったけど、中高と吹奏楽部でパーカッションやってた。同じ音楽室使う縁で、ときどき合唱部の助っ人にいってたりもしたし。
日本語だと、歌詞の意味通じないけど、いいかな……いいよね。
逆に異世界から来た聖女っぽい、ってことにしとこう。うん。
私は大きく息を吸い、声を張り上げた。
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