番いのαから逃げたいΩくんの話

田舎

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逃げたいの番外編〜

ない覚悟の話

唯が番い解消を強行しなくなったもう一つの理由
―――――――――――――――





朝は六時に起きて顔を洗って歯を磨く。炊飯器をセットしてからジャージに着替えると、まだしばらくベッドで眠る先生に『行ってきます』と告げて出発するラニングは俺の大事な日課だ。


「はっ、はっ、はっ…」

天気の悪い日や発情期間近の外出は禁止されてるけど、こうして触れる外の空気やにおいは気分転換になる。それに継続することで体力もついてきた。
だけど、まだまだ足りない。

(Ωは男女ともに筋肉がつきにくいって話だけど、あるにこしたことはないもんな)

もっと走れる距離を伸ばしたい。
いつまでも先生、番いに心配されるような俺じゃ嫌なんだ。荒い呼吸を整えながらグッと前を見た。





「おかえり、唯君」
「ただいま、先生。こんなのが届いてたよ」

リビングでのんびりとお茶を飲んでいる先生に渡したのはカラフルな、”番い生活あんしん課”から送られてきた一通の封筒だった。
初めて見る深い橙色をした封筒には親展、新野俊哉様と書かれてあった。

「番い課って部署もだけど、そんな派手な封筒初めて見た」
「はは、確かに目立つ色だよね。まぁ番い課なんて重要なお知らせより妊活とか余計な世話が多いみたいだけど」
「にんかつ?なんだそれ?」
「ん-なんだろうね?俺達には関係ないことだよ」

妊活という聞き慣れない単語に首を捻る唯だったが、番いが必要ないと言うのなら気にしないことにした。
ビッと封筒を開ける新野と、水分補給をして朝食の支度を始める唯。
ここまでは毎日の朝の光景だった。


「… 唯君。まだ番い解消をしたいとか考えてる?」


そんなことを番いの口から発せられるまでは

――――ゴトッ
予想だにしていなかった質問に、唯の手からジャガイモが床へと転がり落ちた。



発端は唯が新野に黙って”番い解消”をしようとした病院だった。
”新野俊哉さんと八木唯さんの番い関係は良好とはいえない可能性がある”。
近日中に二人揃って指定された病院でカウンセリングを受けるよう行政から書類が送られてきたのだ。

「つが、…っ、それって、どうゆうこと?」
「ごめん。興奮しすぎて話が飛躍しすぎちゃった。勿論そのために受けるカウンセリングじゃないよ。ただ君の意志は、十分に尊重されるって話だ」

第二の性、Ωが一六歳以上からαと番うことが合法とされていたとしても精神共に未熟とされる年齢だ。
新野との番い届けが正式に受理されていたところで、”未成年者保護”の観点から少しでも唯がに扱われると判断されたなら、番いがいようが引き離される可能性は大いにある。

病院での、唯の暴れ回る様子を見て疑問に思った医者か看護師からの口添えがあったのだろう。
そして、どんなに簡単に受けられない処置であっても、唯の出方(訴え)次第では番い解消もありえない話ではない。


「俺は…、…その、」
「大丈夫、なにがあっても… 俺の番いは君だけだよ」
「うん…」

仄暗い気持ちを隠すように、俺を抱き締める先生の背中に腕を回した。


(俊哉さんと番い解消、できるかもしれない…)


その気持ちを必死に隠して。




* * *




数日後。
訪れた病院はΩとαでは病棟が区切られていた。
そして案内された小さな部屋で、”深く考えないで回答してください”とマークシート式のカウンセリングシートを鉛筆で塗りつぶしていく作業が始まった。

―――当てはまる、当てはまらない、よく分からない。
なんだか心理テストみたいだと思ったのは最初だけだ

『第二の性がΩでなければ良かったと考えてしまうことがしょっちゅうある』
『自分には番いの存在は必要ない』
『自分は番いから必要とされていない』

(……)

大事なのは自分の本音や感情よりも、いかに結果を見た第三者に先生が悪く思われないようにできるか、そして俺の中にある番い解消をしたい気持ちを理解してもらえるかだった。

失敗は出来ない。
ただ、その一心で鉛筆を走らせた。




「はじめまして。カウンセリングを担当させてもらいます、高森です」
「は、はじめまして、八木唯です」

初対面の大人に自己紹介をしたのはいつぶりだろう。
四十前後くらいか?カウンセラーの男は穏やかな物腰で、唯の緊張をほぐしていくように雑談からゆっくりと本題を切り出してくれた。

「診断結果を見るに唯さんは、番いの新野俊哉さんとの生活にうまく馴染めていないようですね?」
「……!」
「理由を聞いても?」

ごくりと、唾を飲んでひとつひとつ口を開いた。

『真面目過ぎるせいで、とらなくていい責任をとろうとしてくれてる』。
あの人とは番い事故だった。さらに俊哉さんにはΩの婚約者がいて、自分など不要な存在だということ。
高森はうんうんと相槌を打ちながら、番いを自由にしたいと必死に語る俺の話を丁寧に聞いてくれた。


そう勘違いをしていた。
―――世間の考える”オメガの幸せ”が一体何なのか、俺は知らな過ぎたんだ。



「分かりました。つまり新野さんは思わぬ発情で苦しむ貴方を犯し、同意なく番いにしたということですか?」
「は!?ちっ、違います!発情は自己管理できなかった俺のせいで、番いになったのは俺が……楽になりたいと望んだからです」
「失礼。同意ではあった、それでよろしいですか?」

同意…? それも違う。
俺が誘ったからだ…、先生は俺のフェロモンに誘惑された被害者なんだ。

「俺は発情に耐えられなかったし、俊哉さんは俺のフェロモンにあてられただけです…」
「なるほど」

どうすれば高森に分かってもらえるんだろう… 
俺の訴えはイマイチ響いていない。一体どう説明すれば先生の印象を悪くしないまま番い解消できるのか。

それからも続く高森からの質問にも、足りない言葉を探しながらどうにか形にするのが精一杯だった。


「番い解消の後遺症は知っていての事ですか?」
「それは、当然です」
「……唯さん。もしかして番いを失ってつらい思いをするのは、Ωだけだと思われていませんか?」
「え?」

思ってもない高森の言葉に、短い疑問しか返せなかった。

「項を噛まれることでΩは他のαを受け付けられなくなります、そして番いのαを失えばずっと苦しみを背負います。けれど、αだって同じように苦しみを味わうのですよ」

番いを持ったαは精神的にも安定すると医学的にも証明されている。さらに番い持ちのαに発情した他のΩのフェロモンを嗅がせた結果、不快だと拒絶したαが過半数だったという実験結果も存在する。
確かにαとは複数の番いを持つことはできるが必要もないのに何人ものΩと契約しようとする者は珍しく、また自分が管理できないほどのハーレムも作らない。
そう話す高森の口調は淡々とし過ぎていて、どこか冷たくも聞こえた。

「番いを失ったことで精神を病み自暴自棄から自殺に至ったαや、二度と番いを作れず無気力に生きるαだっています」

片割れを失えば生きられない。
悲しく、ロマンチックすぎて医学的にも証明されていないが、それでも見えない形を人は「運命」と呼ぶのだろうと高森は語った。


「レイプだったならまだしも、そうでない番い解消は双方にダメージが大きすぎます。唯さんはご自身の番いの、何が不満なのですか?」


――――不満、なんてあるもんか
不満なんてない、だって悪いのは――ぜんぶ――……


「お、おれは・…、」
「新野さんは貴方を失って喜ぶ人ですか?唯さん、本当は番いに自分以外の番いを持ってほしくないだけなのでは?それとも―――――」


核心を突く痛い言葉に、目の前が真っ暗になった。










「唯君」
「…………」
「帰ろ?」

コクンと小さく相槌を打って差し伸べられた手を取った。

行きは良かったのに帰りは酷く気分が暗くて重い。
マンションに戻るなり着替えることもせず、ぽすっと寝室のベッドにダイブした。


「疲れちゃった?」
「ん、…かなり…」

力が出ない。
先生は会話を続けることもせず、『ゆっくりやすんでね』と優しく声をかけて寝室の扉を閉めてくれた。


(……ベッド、先生のにおいがして落ち着く…)

こんなことを思うようになったのはいつからだ?
最初は自立することばっかり考えていたのに、今じゃ普通にランニングや買い物に行って、当たり前のように帰ってくるようになっていた。

遠出なんて考えないし、母さんのことを思い出すことも減ってきた。
発情期が近づいて体が火照るようになってきたら、先生の名前を呼ぶだけでいい。


(おれ、なにがしたかったんだっけ…?)

番い解消の後遺症はΩにとって一生の問題だ。
それだけならよかったのに、もしも俺を失ったとき先生は平気なんだろうか…?


時間が経つにつれて見失いそうになる


好きな人と番いになれた。
大事にされている、優しくされている。


(俺はきっと頭がおかしい。俺がいたら先生を不幸にするだけなのに…)


母さんの言った通り、俊哉さんの人生をぶち壊して 狂わせて、幸せを奪うのに――――…



『唯さんは番いに愛されたまま憎まれ役になりたいと、矛盾を抱いていませんか』



あぁ、あの医者の言う通りだ。






「俊哉さんにだけは、嫌われたくない……、」



だから悲劇のヒロインになって、逃げたい。



番いから嫌われる覚悟がなかった




end
感想 10

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