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三 二度目の上意討ち
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翌日、十兵衛へ上意討ちを伝えた目付けから連絡があった。
恐らく上意討ちの、お褒めの言葉があるのだろうと思った。
しかし、これまでの上意討ちの例を見ても、
そんなことはない。
むしろ目付けは、知らぬふりをすることが多い。
上意討ちという人斬りに関わらぬ程をするのだ。
だが、呼び出される心当たりはそれしかない。
翌日の昼過ぎ呼び出された時刻に、城中の目付けの部屋へ行った。
目付けの名は神谷左門といった。
前に座るなり、神谷は十兵衛に鋭く告げた。
「昨日の上意討ちに、不審な報告がある」
十兵衛は驚いて神谷を凝視した。
「報告、でございますか」
「お主は田所を斬ってはいない、と言う報告だ」
十兵衛は唇を噛んだ。
確かにあの斬り合いの九割は、角蔵が行ったものだ。
十兵衛が田所に刀を入れたのは、最後の一刀だけだ。
しかし、一刀でも斬ってはいる。
田所は何も答えられなかった。
「どうなのだ!」
鋭い目で神谷は十兵衛を詰問した。
「角蔵という中間を、助太刀に使ったのは確かです」
「ほとんどはその中間が田所と剣を交え、
お主は最後の一太刀を浴びせただけと言う」
何も答えられなかった。
その通りなのだから。
「それが本当なら、お主は替え玉を使って
これを命じた御城代を欺いたことになる」
無言の十兵衛に神谷は言った。
「その罪は重い!腹を切ってもらわねばならぬ」
あんな思いまでして角蔵に手伝わせ、
その結果が切腹とは!
「もう一人、上意討ちせねばならぬ者がいる。
この者を討てば切腹は免れる。
ただし、これも見届け人が検分する」
またあの恐怖が蘇ってきた。
逃げ場のない絶望だ。
ならば、切腹した方が気が楽だ。
神谷が声を低めて言った。
「お主には剣の力量がある!
本間殿も大層褒めておられた」
十兵衛は一言もなかった。
「中間などに助太刀を命ぜずとも、
一人で田所を討つ力は十分ある
とも言うておられた」
次に上意討ちされる者は誰なのか。
聞いている限り、二度も上意討ちの命が
下された者はいないはずだ。
「やって見ぬか!お主なら必ずやれる。
実は此度の上意討ちが成れば、御納戸役から
お馬廻り役に昇進させるはずであった」
十兵衛は思い切って聞いた。
「見届け人とは何者ですか」
「余計な詮索をするでない!
忠告しておく!こうした役目には、
必ずやどこかに見届け人の目があると思え」
背中に冷や汗が伝うのを十兵衛は感じた。
甘かった!
考えてみれば当然のことだ。
人ひとりの命を奪うのだから!
両手をついて頭を下げた。
「次の上意討ちのお役目も、
この十兵衛にお申し付けください」
覚悟が決まった!
醜態をさらしてまで、生きようとは思わない。
斬られて死のう!
もう角蔵の助力は要らない。
誰の力も頼むまい。
自分の力でやれるところまでやる!
父は斬り合いを恐れる俺の心に、問題があると言った。
人の心は誰しも問題を抱えている
俺の場合は斬り合い拒否が問題だった、と言うだけだ。
所詮はそれだけのことだった。
神谷はなれば三日後の早朝、
城裏の御蔵河原へ来いとだけ言った。
やると決めて十兵衛は、部屋を辞した。
また、あの苦悶が始まる。
二度目の上意討ちの相手は誰なのか、
神谷はついに言ってはくれなかった。
十兵衛は家へ戻ると、
その夜から山小屋へ泊まると父に告げた。
家には重代の山があり、
山仕事のための山小屋があった。
父には二度目の上意討ちを命じられたことは
告げなかった。
告げずとも山小屋へ籠ると聞けば
何事かあったと感じる。
それで良い。
父にも角蔵にも助力は頼むまい。
妙にも言わずに行くつもりだった。
「俺一人の問題よ!」
十兵衛はつぶやいた。
恐らく上意討ちの、お褒めの言葉があるのだろうと思った。
しかし、これまでの上意討ちの例を見ても、
そんなことはない。
むしろ目付けは、知らぬふりをすることが多い。
上意討ちという人斬りに関わらぬ程をするのだ。
だが、呼び出される心当たりはそれしかない。
翌日の昼過ぎ呼び出された時刻に、城中の目付けの部屋へ行った。
目付けの名は神谷左門といった。
前に座るなり、神谷は十兵衛に鋭く告げた。
「昨日の上意討ちに、不審な報告がある」
十兵衛は驚いて神谷を凝視した。
「報告、でございますか」
「お主は田所を斬ってはいない、と言う報告だ」
十兵衛は唇を噛んだ。
確かにあの斬り合いの九割は、角蔵が行ったものだ。
十兵衛が田所に刀を入れたのは、最後の一刀だけだ。
しかし、一刀でも斬ってはいる。
田所は何も答えられなかった。
「どうなのだ!」
鋭い目で神谷は十兵衛を詰問した。
「角蔵という中間を、助太刀に使ったのは確かです」
「ほとんどはその中間が田所と剣を交え、
お主は最後の一太刀を浴びせただけと言う」
何も答えられなかった。
その通りなのだから。
「それが本当なら、お主は替え玉を使って
これを命じた御城代を欺いたことになる」
無言の十兵衛に神谷は言った。
「その罪は重い!腹を切ってもらわねばならぬ」
あんな思いまでして角蔵に手伝わせ、
その結果が切腹とは!
「もう一人、上意討ちせねばならぬ者がいる。
この者を討てば切腹は免れる。
ただし、これも見届け人が検分する」
またあの恐怖が蘇ってきた。
逃げ場のない絶望だ。
ならば、切腹した方が気が楽だ。
神谷が声を低めて言った。
「お主には剣の力量がある!
本間殿も大層褒めておられた」
十兵衛は一言もなかった。
「中間などに助太刀を命ぜずとも、
一人で田所を討つ力は十分ある
とも言うておられた」
次に上意討ちされる者は誰なのか。
聞いている限り、二度も上意討ちの命が
下された者はいないはずだ。
「やって見ぬか!お主なら必ずやれる。
実は此度の上意討ちが成れば、御納戸役から
お馬廻り役に昇進させるはずであった」
十兵衛は思い切って聞いた。
「見届け人とは何者ですか」
「余計な詮索をするでない!
忠告しておく!こうした役目には、
必ずやどこかに見届け人の目があると思え」
背中に冷や汗が伝うのを十兵衛は感じた。
甘かった!
考えてみれば当然のことだ。
人ひとりの命を奪うのだから!
両手をついて頭を下げた。
「次の上意討ちのお役目も、
この十兵衛にお申し付けください」
覚悟が決まった!
醜態をさらしてまで、生きようとは思わない。
斬られて死のう!
もう角蔵の助力は要らない。
誰の力も頼むまい。
自分の力でやれるところまでやる!
父は斬り合いを恐れる俺の心に、問題があると言った。
人の心は誰しも問題を抱えている
俺の場合は斬り合い拒否が問題だった、と言うだけだ。
所詮はそれだけのことだった。
神谷はなれば三日後の早朝、
城裏の御蔵河原へ来いとだけ言った。
やると決めて十兵衛は、部屋を辞した。
また、あの苦悶が始まる。
二度目の上意討ちの相手は誰なのか、
神谷はついに言ってはくれなかった。
十兵衛は家へ戻ると、
その夜から山小屋へ泊まると父に告げた。
家には重代の山があり、
山仕事のための山小屋があった。
父には二度目の上意討ちを命じられたことは
告げなかった。
告げずとも山小屋へ籠ると聞けば
何事かあったと感じる。
それで良い。
父にも角蔵にも助力は頼むまい。
妙にも言わずに行くつもりだった。
「俺一人の問題よ!」
十兵衛はつぶやいた。
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