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1 御用金
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土方は総司と伏見稲荷前を歩いていた。
参詣人で前の通りは人で混雑している。
二人はその混雑の中を抜けた。
大坂へ行った帰りである。
「百両よこせ」
土方が言った。
「いいですよ」
総司は懐から小判の百両包みを出して、土方に渡した。
まだ懐に百両ある。
これは屯所へ戻って勘定方へ渡す。
二人は大坂の鴻池へ金策に行った来たのだ。
新選組と名乗って、御用金を得て来たのだ。
土方と総司と連名の借用書を置いて来たが、土方はもちろん返すつもりでいる。
会津から月に四両の給金をもらい、まだ京大阪の豪商への押し借りをやっているのは土方だけだ。
彼の強引な誘いに、総司は仕方なくそれに付き合っている。
百両を手に持ったまま土方は歩いている。
「大分御用金がたまったでしょう。土方さんの好きなスナイドル銃が、いま何挺買えるんですか」
「相場は一挺四十両だから、二挺か!」
驚く総司。
「たった二挺ですか!!」
「戦いが近づくと値が上がる。実際に買うとなれぱもっとするだろう。隊士全部に行き渡らせるらには、二百挺は必要だ」
「!・・・は、八千両!!」
「薩摩は一万数千挺、長州は四千挺を持っていると言わている」
総司、土方にささやく。
「変なのが二人、付けて来ますよ」
「わかってる鴻池の前からだ」
「御用金を狙ってるんですね」
大刀を落とし差しにした浪人が二人、後方を来る。
「総司、先に行ってろ。始末する」
「いや、俺がやります。やつら、もっと仲間がいる」
「じゃ、後から来い」
歩みを止めずに歩く土方。
赤い鳥居の陰から、さらに二人の浪人が現れる。
土方の前を塞ぐ。
浪人の一人が土方に言う。
「お前らだけうまい思いせずに、俺たちにも分けろや」
無言で歩みを止めない土方。
体がぶつかる瞬間、二人の浪人がサッと体を開いて刀の柄に手をかける。
「全部渡せとは言わん!六人で山分けしろ!」
「断る!」
土方の声に、二人の浪人が同時に抜刀する。
「やるか!」
それでも歩みを止めない土方.
右の浪人が斬りかかる。
その一刀を外し、右手を掴んでひねる。
その体が横に吹っ飛ぶ。
もう一人の浪人が抜刀しながら、土方に迫る。
土方,前の浪人から取った大刀の切っ先を、浪人の鼻先に突きつける。
動きが取れない浪人。
総司の後をつけて来た二人も 土方の鮮やかな手並みに顔を見合す。
土方、刀を投げ捨てて言う。
「お前らと遊んでる暇はない」
呆然と二人を見送る四人の浪人。
一人がつぶやく。
「やつら、新選組だ!」
他の三人が驚いて言う。
「!・・・新選組!!」
一人が納得したように言う。
「そうか、それで鴻池か!鴻池は俺たち浪人ものなど相手にせんが新選組は別だ!なにせ、京守護職会津藩の配下だからな」
屯所への道を急ぐ土方と総司。
「会津のベーゲルと、土方さんの言うスナイドル銃が戦ったらどうなるんです」
「ベーゲルは先込め単発銃で射程百メートル。スナイドルは元込めで射程八百から千メートル」
驚く総司。
「そ、そんなに違うんですか!それじゃ、まるで勝負にならない」
「その通りだ!なのに、幕府も会津も近藤さんもベーゲルを離そうとしない!我々新選組も長州と戦うときは、
会津下げ渡しのベーゲルになる!自殺行為だ!」
「新選組の原点は近藤さんの試衛館道場だから、どうしても剣にこだわる。銃で勝負は決まらないと思っている」
嘆息する土方。
「土方さんは、天然理心流を捨てることに、抵抗はないんですか」
「ないわけがない!だが、戦さとなると問題が違う!刀で勝てないとするなら、捨てるしかないだろう!」
「そうですよね。俺も天然理心流は好きだ。五才の時からやってますからね。だが、流派と心中するわけには行かない」
「戦さは時間勝負だ。そうでないと気付いた時は遅い。隊は全滅している。これからの戦さとはそうしたものになる」
「で、土方さんはあくまで銃にこだわるわけだ。最新式のね!土方さんは御用金を、すべてそこにつぎ込む!近藤さんも、いや隊士全体が、それに協力してくれるといいんだが」」
苦笑する土方。
「みんなは新式武器より、遊郭の女たちにしか興味がない」
「それは芹沢さんの頃から、少しも変わってない。女を抱くために新選組へ入ったのか、とさえ思う」」
「それは仕方ないさ!人を斬ったときの血の匂いは、女を抱くことでしか消すことができない」
総司、土方を見る。
「では隊で一番人を斬っているはずの土方さんは、なぜ遊郭へ行かないんです」
「俺はそう言うものだと思っているからだ。人を斬ったら必ず返り血を浴びる。それを嫌がっていては、人は斬れない。俺たちの任務はできない」
笑う総司。
「安心した!それは俺も同じだ。俺は労咳だから、よく血を吐く。血の匂いに慣れちまって、なんとも思わない」
総司は滅多に金策に行かない。
隊務だからやるが、総司はこれが嫌で嫌でたまらない。
だから、逃げ回ってるのを土方が捕まえて同行させる。
近藤たちは御用金と称しても、ていのいいゆすりたかりである。
返すつもりなど元からなく、得た金は全て遊郭の女で消える。
「近藤さんたちは、大店でゆすりたかりやって女を抱くために京へきたのかな」
「そんなわきゃないだろ。京へ来た当時は、最初は女どころか飯さえ満足に食えなかった」
うなづく総司。
「そうでしたよね」
だが、近藤と幹部隊士たちは明らかに変わった。
「なら、俺たち二人だけで、江戸へ帰りましょうか」
二人は西本願寺の屯所に着いた。
廊下を歩きながら総司が言う。
「近藤さんたちは、角屋で女郎抱いてりゃいい」
土方が低く遮る。
「ここから先、その話はやめろ!」
勘定方へ行き、総司は百両を中村喜三郎に渡す。
「大坂鴻池の分です」
「ご苦労様です」
勘定方の中村は丁重に受け取って書面に記帳した。
土方は天野弥七を呼び出し、廊下の隅で百両を渡した。
土方の金は天野が別口座を作り、そこで管理している。
新式銃専用のものだが、これは土方と天野二人しか知らない。
その口座残高は、実はすでにと四千両を超えている。
スナイドルがやっと百挺買える程度だ。
薩長との開戦が近づくと、値段はもっと上がる。
一挺百両を越えると土方は見ていた。
参詣人で前の通りは人で混雑している。
二人はその混雑の中を抜けた。
大坂へ行った帰りである。
「百両よこせ」
土方が言った。
「いいですよ」
総司は懐から小判の百両包みを出して、土方に渡した。
まだ懐に百両ある。
これは屯所へ戻って勘定方へ渡す。
二人は大坂の鴻池へ金策に行った来たのだ。
新選組と名乗って、御用金を得て来たのだ。
土方と総司と連名の借用書を置いて来たが、土方はもちろん返すつもりでいる。
会津から月に四両の給金をもらい、まだ京大阪の豪商への押し借りをやっているのは土方だけだ。
彼の強引な誘いに、総司は仕方なくそれに付き合っている。
百両を手に持ったまま土方は歩いている。
「大分御用金がたまったでしょう。土方さんの好きなスナイドル銃が、いま何挺買えるんですか」
「相場は一挺四十両だから、二挺か!」
驚く総司。
「たった二挺ですか!!」
「戦いが近づくと値が上がる。実際に買うとなれぱもっとするだろう。隊士全部に行き渡らせるらには、二百挺は必要だ」
「!・・・は、八千両!!」
「薩摩は一万数千挺、長州は四千挺を持っていると言わている」
総司、土方にささやく。
「変なのが二人、付けて来ますよ」
「わかってる鴻池の前からだ」
「御用金を狙ってるんですね」
大刀を落とし差しにした浪人が二人、後方を来る。
「総司、先に行ってろ。始末する」
「いや、俺がやります。やつら、もっと仲間がいる」
「じゃ、後から来い」
歩みを止めずに歩く土方。
赤い鳥居の陰から、さらに二人の浪人が現れる。
土方の前を塞ぐ。
浪人の一人が土方に言う。
「お前らだけうまい思いせずに、俺たちにも分けろや」
無言で歩みを止めない土方。
体がぶつかる瞬間、二人の浪人がサッと体を開いて刀の柄に手をかける。
「全部渡せとは言わん!六人で山分けしろ!」
「断る!」
土方の声に、二人の浪人が同時に抜刀する。
「やるか!」
それでも歩みを止めない土方.
右の浪人が斬りかかる。
その一刀を外し、右手を掴んでひねる。
その体が横に吹っ飛ぶ。
もう一人の浪人が抜刀しながら、土方に迫る。
土方,前の浪人から取った大刀の切っ先を、浪人の鼻先に突きつける。
動きが取れない浪人。
総司の後をつけて来た二人も 土方の鮮やかな手並みに顔を見合す。
土方、刀を投げ捨てて言う。
「お前らと遊んでる暇はない」
呆然と二人を見送る四人の浪人。
一人がつぶやく。
「やつら、新選組だ!」
他の三人が驚いて言う。
「!・・・新選組!!」
一人が納得したように言う。
「そうか、それで鴻池か!鴻池は俺たち浪人ものなど相手にせんが新選組は別だ!なにせ、京守護職会津藩の配下だからな」
屯所への道を急ぐ土方と総司。
「会津のベーゲルと、土方さんの言うスナイドル銃が戦ったらどうなるんです」
「ベーゲルは先込め単発銃で射程百メートル。スナイドルは元込めで射程八百から千メートル」
驚く総司。
「そ、そんなに違うんですか!それじゃ、まるで勝負にならない」
「その通りだ!なのに、幕府も会津も近藤さんもベーゲルを離そうとしない!我々新選組も長州と戦うときは、
会津下げ渡しのベーゲルになる!自殺行為だ!」
「新選組の原点は近藤さんの試衛館道場だから、どうしても剣にこだわる。銃で勝負は決まらないと思っている」
嘆息する土方。
「土方さんは、天然理心流を捨てることに、抵抗はないんですか」
「ないわけがない!だが、戦さとなると問題が違う!刀で勝てないとするなら、捨てるしかないだろう!」
「そうですよね。俺も天然理心流は好きだ。五才の時からやってますからね。だが、流派と心中するわけには行かない」
「戦さは時間勝負だ。そうでないと気付いた時は遅い。隊は全滅している。これからの戦さとはそうしたものになる」
「で、土方さんはあくまで銃にこだわるわけだ。最新式のね!土方さんは御用金を、すべてそこにつぎ込む!近藤さんも、いや隊士全体が、それに協力してくれるといいんだが」」
苦笑する土方。
「みんなは新式武器より、遊郭の女たちにしか興味がない」
「それは芹沢さんの頃から、少しも変わってない。女を抱くために新選組へ入ったのか、とさえ思う」」
「それは仕方ないさ!人を斬ったときの血の匂いは、女を抱くことでしか消すことができない」
総司、土方を見る。
「では隊で一番人を斬っているはずの土方さんは、なぜ遊郭へ行かないんです」
「俺はそう言うものだと思っているからだ。人を斬ったら必ず返り血を浴びる。それを嫌がっていては、人は斬れない。俺たちの任務はできない」
笑う総司。
「安心した!それは俺も同じだ。俺は労咳だから、よく血を吐く。血の匂いに慣れちまって、なんとも思わない」
総司は滅多に金策に行かない。
隊務だからやるが、総司はこれが嫌で嫌でたまらない。
だから、逃げ回ってるのを土方が捕まえて同行させる。
近藤たちは御用金と称しても、ていのいいゆすりたかりである。
返すつもりなど元からなく、得た金は全て遊郭の女で消える。
「近藤さんたちは、大店でゆすりたかりやって女を抱くために京へきたのかな」
「そんなわきゃないだろ。京へ来た当時は、最初は女どころか飯さえ満足に食えなかった」
うなづく総司。
「そうでしたよね」
だが、近藤と幹部隊士たちは明らかに変わった。
「なら、俺たち二人だけで、江戸へ帰りましょうか」
二人は西本願寺の屯所に着いた。
廊下を歩きながら総司が言う。
「近藤さんたちは、角屋で女郎抱いてりゃいい」
土方が低く遮る。
「ここから先、その話はやめろ!」
勘定方へ行き、総司は百両を中村喜三郎に渡す。
「大坂鴻池の分です」
「ご苦労様です」
勘定方の中村は丁重に受け取って書面に記帳した。
土方は天野弥七を呼び出し、廊下の隅で百両を渡した。
土方の金は天野が別口座を作り、そこで管理している。
新式銃専用のものだが、これは土方と天野二人しか知らない。
その口座残高は、実はすでにと四千両を超えている。
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