土方歳三の戦さースペンサーカービン銃戦記ー

工藤かずや

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20 総司の死

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江戸千駄ヶ谷の植木職・平五郎宅の離れだった。
総司がここに病身の身を潜めて、
すでに三ヶ月が過ぎようとしている。

一ヶ月前から寝たきりだった。
食事もろくに取れない。
食事は平五郎宅の飯炊き婆さんが、三食運んできて縁側へおいていく。

月に一度、二人いる姉が交代で見舞いに来るが、
隠れ潜む身としては人の出入りは避けたく、
それも断った。

五日前から、まったく飯も食えなくなった。
わずかに水をすするだけだ。
これでよく生きていられると、我ながら思う。

三日前、夜中に目を覚ますと、
なんと枕元で近藤さんがあぐらをかいていた。
驚いたのなんの!

なんでここにいるんだ!
何を話しかけても、
近藤さんは笑みを浮かべるだけである。

それが、総司にはたまらなく懐かしかった。
たまらなく嬉しかった!
何も話さず気がつくと、外は明るくなっていた。

近藤さんの姿は消えていた。
夢だったのか!と総司は呆然とした。
彼に何かあったのか。

会いに行きたくてもどこにいるかわからないし、
自分自身が立ち上がることもできない始末だ。
刀を抜く力さえない。

その時だった。
抜刀した黒服姿の男たち三人が音もなく部屋へ入り、
気づいた総司を先頭の一人が深々と袈裟斬りにした。

体力がなくなっていた総司は、ひとたまりもなかった。
布団へ倒れたまま動けなかった。
もう一人が留めを刺そうとするのを首領格の男が、枕元の薬をみて止めた。

「もういい、こいつは病気だ。ほっといても死ぬ!
新選組の沖田総司もこうなっちゃザマがない」
「大物残党を二人始末したな!次はどいつだ」
三人は、納刀して部屋を出て行った。

こうなる前に、せめて死にたかった。
だが、死はなかなか訪れてはくれない。
死とは不条理なもので、きて欲しい時になかなか来てはくれない。

だいぶ深く斬られたはずなのに、痛くも苦しくも辛くもない。
凄まじい衝撃だけがあった。
斬られて死ぬってのは、こう言うことなのか。

それとも、俺はもう死んでいるのか。
それにしては、飯炊き婆さんが今晩飯を置いて行った。
きっと俺の生きてるのを、確かめに来たのだろう。

だったら、俺はまだ生きている。
首筋から胸元まで斬られ、血が止まらない。
これほどの重傷だ。止まるはずがない。

俺が今まで斬った連中も、こうして死んで逝ったのか。。
このまま死ねるなら、それも悪くはない。
気がつくと、土方さんが俺を抱き起こしていた。

最初誰かわからなかった。商人姿だったからだ。
よく似合っている。
直近か見る土方さんの商人姿だった。

「誰にやられた!」
今度は土方さんが出たのか!
幻でも亡霊でもなんでもよかった。

いま彼と会えるなら。
俺は立ち上がろうとして、ぶざまにもがいた。
「動くな!」

土方さんが言った。
俺がもうダメなのはわかっている。
最後に土方さんと話がしたいだけだ。

「誰がやった!」
もう一度土方さんが再び聞いた。
「俺を残党とか言ってたから、、長州の連中でしょう」

土方の目が光った。
やはりそうか!!
「みんなはどうしてます」

口をきくたびに、総司の傷口から大量の血が溢れる。
「話をするな!!」
きつく言う土方に笑う総司。

「そんなこと、もうどうでもいいんです。
俺はあと半刻と持たない。
土方さんとは話していたかったのに!」

土方は涙をこらえた。
「昨日・・・近藤さんが来た」
「昨日!!」

土方はつぶやいた。
「会いに来たのか」
「何かあったんですか!」

土方は答えなかった。
死にゆく者への礼儀だ、近藤はまだ生きている。
「お前は何も心配するな」

「近藤さんとも・・・会いたかったなァ」
総司の首が下がった。最後の言葉だった。
絶命したのだ。

土方は動かなくなった総司をしみじみと見た。
骨と皮ばかりに痩せこけていた。
血まみれの総司を、無言で抱きしめた!

これがかつて京の不逞浪士を震撼ざせた
あの新選組の沖田総司か!
「隊では、お前だけが俺を分かってくれていた!」

見開いている両目を閉じてやり、耳元にささやいた。
「一緒には死ねぬが、行くところは同じだ!近藤さんと俺もな!」
総司を布団の上に横たえ、床の間から彼の愛刀大和守安定を取る。

草履を履いて外へ出る。
振り向かなかった。
総司との永劫の別れ!振り向けなかった!

不覚にも、涙があふれそうになった!
平五郎宅の母屋の前に、飯炊老婆がいる。
周囲に侍たちの気配を探る。

姿はない。
老婆に近寄り、背後から話しかける。

「侍が三人来なかったか」
耳が遠いのか、聞こえぬようである。
刀を手にした土方の出現に驚く。

老婆に大和守安定と小判三枚を差し出す。
耳元で言う。
「総司が死んだ。これで手厚く供養してやってくれ」

意味がわかったらしく、何度もうなづく老婆。
「世話になったな」
土方、一礼して道を行く。

これから京を目指す。
東北へ行く前に、どうしてもお慶に会っておきたかった。
新式銃を買う金を工面してもらうためだ。

江戸の街中には官軍が充満していた。
商人姿の土方は、平気で彼らの前を歩いた。
土方は東海度を南下した。

途中、何度か官軍の部隊と遭遇したが、
彼を気に留める者は皆無だった。
商人姿の土方は、完全に風景に溶け込んでいた。

近藤も総司もいなくなった。
二人とも長州にやられた。
俺のすることは決まった!

弔い合戦だ!!
それが俺の新たな戦さだ!

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