土方歳三の戦さースペンサーカービン銃戦記ー

工藤かずや

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19 近藤の捕縛

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安房流山の味噌増醸業「長岡屋」に本陣を置いた土方たちは、
官軍の動向を仔細に探索した。
兵たちの戦闘訓練は斎藤に任せた。

本陣から離れた丘陵地帯で訓練は行われた。
近所の百姓から「長岡屋」に兵らしき者たちがいると言う噂を耳にしたのは、
薩摩の監察有馬藤太であった。

有馬はすぐに薩摩本陣の大監察香川敬三に報告した。
この地に官軍はいないはずである。
香川は自ら兵三百を率いて「長岡屋」を急襲包囲した。

その時、運悪く本陣には近藤と土方、若い伝令しかいなかった。
土方はすぐに気づいたが、相手は戦闘態勢で小銃の銃口を揃えている。
薩摩軍から使者が来た。

「代表自らが正体を報告しろ」と言うのだ。
まだ斎藤たちは戻って来ていない。
たとえ戻ったとしても、
歴戦の薩摩兵三百と新兵二十数名では勝負になるまい。

土方は即座に斬り込みを覚悟して、兼定を手にした。
「近藤さん、俺は斬り込む！その間に逃げてくれ！」
近藤は泰然と笑って言った。

「俺に任せろ。相手は俺たちが新選組と気づいていない。俺は大久保大和である！」
羽織袴で正装する近藤。
「勝沼では俺を助けてくれた。今度は俺の番だ！」

土方は驚いて近藤を見た。
知っていたのか！！
「お前の栗毛の鞍には、いつも鉄砲が置いてある」

本陣を出て行こうとする近藤。
土方は叫んだ。
「待ってくれ！こんな別れかたはいやだ！！」

「何を言う！俺は必ず戻る！」
近藤はいつもの笑みを浮かべ、本陣を出て行った。
包囲する薩摩軍の中央へ向かった近藤は、
大監察の香川と長いこと話をしていた。

近藤が何事か香川を説得しているのだ。
最後に香川がうなづいた。
近藤を連行して、薩摩軍はすべて去った。

土方はすぐに本陣裏の馬やへ走った。
そこへ斎藤たちが戻った。
馬上で土方は、宇都宮へ向かへ！とだけ告げた。

「俺と近藤さんは必ず後を追う！」
それだけ言うと、江戸の方角へ全速で馬を走らせた。
官軍が駐留している江戸の真ん中を、馬では横切れない。

若い隊士の実家である千住の八百屋に馬を預け、
近くの髪結いで髷を町人髷に直させた。
服装も町人に改め、赤坂を目指した。

一刻後、土方は氷川坂の勝安房守の屋敷にいた。
勝は在宅していた。
まず町人姿の土方に勝は驚いた。

土方は座敷に上がらず、廊下に座って両手をついた。
「近藤さんが薩摩に囚われた。解放に助力をお願いしたい！」
「それはまずい！恐らく近藤さんは板橋の官軍本営へ送られる」

「板橋の本営！薩摩本陣ではないんですか！」
「取り調べは長州が行う」
土方は愕然とする。

「まずい！それは絶対まずい！！」
「その通り！近藤さんは池田屋で長州者を斬り過ぎた」
「あれは任務で私怨ではない！
会津の指示の元にそうせざるを得なかった」

「いずれ戊辰戦争は収束する！次に新政府抗争が始まる」
「それが池田屋事件と何の関係が！！」
「大ありだ！政府高官は薩長の大物で占められる」

「薩長間で高官位の取り合いが始まる！と言うのか！」
「長州は宮部鼎蔵、大高又次郎、福岡悠次郎など二十数名の有意な若手逸材を、、
斬死あるいは獄死で池田屋事件で失った！」

土方は呆然とした。
池田屋事件が、これからの政権構想に重大な意味を持つとは！
「長州は薩摩に対して、人材的に圧倒的に不利だ！」

廊下に土下座し、頭を床に付ける土方に勝は冷たく言い放った。
「長州の近藤に対する恨みは、骨髄に達している！諦めろ！！」
土方の無念の涙が、ポタポタと廊下にしたたった。

後に明治新政府が成り初代総理大臣に長州の伊藤博文がなったが、
彼は若い頃人斬りであった。
日本の歴代首相で人斬りは伊藤だけである。
それほど長州の人材は払底していた。

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