異世界の弟とごはんを。

高槻桂

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第一部

22.手羽中のさっぱり煮

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 セレスティノとセックスをした翌朝、腰と股関節が若干痛かったのと尻の穴が違和感ばちばちだったのを除けばまあ元気だった。
 もっとこう、生まれたての子鹿みたいなことになるかと不安になっていたけれど勝臣の体は思いの外頑丈らしかった。

 それともセレスティノが手加減してくれたかだ。
 まあ多分そうなんだろうなぁと思いながら勝臣はセレスティノと並んでソファに座ってテレビを見ている。
 朝食は済ませた。今は朝のニュースを見ながら昼ごはんをどうするか考えているところだった。

 あっさりしたものが食べたいな、と思う。セレスティノの大きなもので腹の奥を突かれ続けたからか食欲が今ひとつなくてセレスティノにはいつも通りトーストを食べさせたが自分は昨日の残りのミートソースパスタを温め直してもそもそと食べただけだ。

 そうだ、と思う。手羽中を煮よう、と思った。
 久しぶりに作るけどあれは簡単でいい。材料を入れてひたすら煮るだけなのだから。
 煮込むのに時間はかかるがどうせ頭の中はぼーっとしているのだ。ちょうどいい。

「買い物行くか」
「大丈夫?」
「うん。もうそんなに痛くない」
「俺ひとりで行ってこようか?」

 心配そうに言うセレスティノにばか、と肘鉄を喰らわせた。

「一緒に行ったほうが楽しいだろ」
「……うん」

 セレスティノは幸せそうに笑った。


 スーパーに着くとまず玉ねぎをカゴに入れた。あとはサラダの材料と手羽中をふたパック。
 ポン酢も少なくなってたからカゴに入れる。にんにくと生姜のチューブは……にんにくはあるな。生姜だけ買おう。
 買い物を終えてマンションに帰る。時間は十一時少し前。ちょうどいいな、と勝臣はまずエプロンを付けて手を洗って米を研いで早炊きでセットした。

 まずは鍋の中に手羽中を入れてそこににんにくチューブすこしと生姜チューブを多めに。
 玉ねぎもざくざくと切って鍋にバラしていれる。
 そこにポン酢をだばばーっと注いで同じくらいの量の水で割る。
 それを火にかけてあとはひたすら煮る。

 吹き出ないように気をつけながら火加減を見て、その間にセレスティノがサラダを準備する。
 鍋はアクが出るのでそれをこまめに取りながら味を見る。目分量で入れているのでちょっと味が濃いかもしれない。うん、やっぱりちょっと濃い。水を足す。
 ある程度アクを取ったらあとは放置。アクは取りすぎても良くないとなにかで読んだ。
 火を中火にしてセレスティノを見る。

「ディーノ、ちょっと任せていいか?あと三十分は煮るから」
「うん、いいよ」
「ちょっと電話してくる」

 セレスティノにその場を任せて寝室に引っ込んだ。
 スマートフォンをタップしてひとつの番号を呼び出す。多分使うことはないだろうと思っていた番号だ。

「……あ、佐々木です。お久しぶりです。あの、変な話ししていいですか。あの、夢を見たんです。航さんの。航さん、こう言ってました。居場所は言えないけど幸せでいるよって。でも、お母さんの和風ロールキャベツが食べれないのが寂しいって」

 電話の先の相手は泣き出してしまった。航です、それは絶対に航です。そう泣いていた。
 うちのロールキャベツが和風だなんて知っているのはうちの家族だけですから、と彼女は泣きながら笑って、幸せでいるのならいいんです、ありがとうございますと言った。

「こんな不確かな夢なんかで申し訳ないんですけど、何かの運命かと思いまして」

 彼女は何度もありがとうございますと繰り返してまた何かあったら教えてください、と通話を終えた。

「……」

 これで少しは安心してもらえるだろうか。こちらの都合で伝えるのが遅くなって申し訳ないと思う反面、もうこんなのはごめんだと思った。
 子供を失った親の傷はいつまでも癒えないのだろう。きっと、セレスティノの親も今頃心配している。

 いつか自分が死ぬときになって、そのときにも姿を表さない息子の存在を親はどう思うのだろう。薄情だと思うのだろうか。そうではないのだとどうにか知らせることはできないのだろうか。航が勝臣を使って親に言付けを頼んだように、セレスティノも航を介してなにか伝えられないだろうか。
 久しぶりに航に会いたいと思った。


 通話を終えてキッチンに戻るとセレスティノが鍋と向かい合っていた。

「だいぶ煮えたか?」
「わかんない。玉ねぎはくたくたになってきた」
「ん-」

 セレスティノから菜箸を受け取って鍋をかき混ぜる。振り返って炊飯器を見るとあと五分もせず炊けそうだった。

「飯炊けたらこっちもどんぶりに上げるか」
「了解」

 茶碗を出したりサラダを運んだりしているうちにご飯が炊けた。

「ディーノ、ご飯任せた」
「あいさ」

 どんぶりによく煮込まれた手羽中と玉ねぎをたっぷり盛り付けて汁もたっぷり注ぐ。

「よし食うぞ!」
「はーい!」

 エプロンを外してローテーブルの前に座る。

「いただきます」
「いただきます」

 手を合わせていただきますをしたらとんすいに手羽中と玉ねぎを取り分ける。
 手羽中は手で豪快にかぶりつく。

「あちち」

 掴む指先も熱いがかじる口も熱い。はふはふしながら肉を骨からかじり取っていく。
 よく煮込まれた手羽中は軟骨も美味い。きれいに食べたらティッシュで手を拭いて今度はご飯だ。
 くたくたに煮込まれた玉ねぎをご飯に乗せて一緒にかっこむ。ポン酢のさっぱりとした味とくたくた玉ねぎの甘みがこれまたご飯の甘みと相まって酸っぱ甘い感じがとても美味しい。ご飯が進む。

「汁かけよ」
「あ、俺もやるー」

 れんげで汁を掬ってご飯にかけてかきこむ。すっぱうまい。生姜とにんにくがいい味を出している。
 手羽中の一本、玉ねぎの一欠片も残さず食べていただきましたをして。

「はー美味しかった」
「美味かったな」

 するとセレスティノが茶碗を集めて立ち上がった。

「今日は俺がひとりで片付けるよ。兄さんはテレビでも見てて」
「大丈夫か?」
「大丈夫。兄さんこそ体労ってよ」
「おー、じゃあそうするわ」

 ソファに座って洗い物を始めたセレスティノを見つめる。

「兄さん、そんなに見られると恥ずかしいよ」
「いやあいい男だなって思って」
「兄さんはかわいいよ」
「そこはいい男って言ってほしかった」
「ごめん、俺ってほら、素直だから」
「自分で言うな」

 軽口を叩き合って笑い合って。今日もごちそうさまでした。
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