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第二部
30.親子丼
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30.親子丼
「それでいつ帰ってくるの?」
通話の向こうで母親がうきうきとした声で聞いてきた。
「俺はもう今日から休みなんだけどディーノが明日までバイトだから明後日の二十九日に帰るよ」
そう言ったらがたーん!と大きな音がして勝臣はスマートフォンを耳元から離した。
「母さん?どうしたの」
恐らくスマートフォンを落としたのだろう、慌てて拾う音が聞こえてもしもし?!と母親の慌てた声が聞こえた。
「ディーノちゃん働いてるの?!いつから?!」
「ん?ああ、秋から駅前のパン屋で働いてるよ」
「上手くやれてるの?」
「ん?ああ、楽しそうに行ってるよ」
鬼気迫る声になんだ?と思いながら返すとそうなのそうなの、と母親は涙声を漏らした。
「あのディーノちゃんが働きに出られてるなんてなんて素晴らしいの……!よくも黙ってたわね!」
涙声で怒られてすまん?ととりあえず謝った。
「ずっと人に馴染めなかったディーノちゃんがやっと働きに……!ディーノちゃんはそこにいるの?」
「いや、今日もバイト行ってる。もうすぐ帰ってくると思うけど……」
「そう。こっちに帰ってきた時にたくさん話を聞かせてちょうだいね。ご馳走様たくさん作って待ってるから。あんたたちの好きなトッサロッサのケーキも予約してあるから」
「あーうん、あとさ、大事な話があるんだ。きっと気持ちのいい話じゃないと思う」
すると母親は内容も聞かずそう、とだけ言った。
「お父さんも私もちょっとやそっとじゃ驚かないから気楽に来なさい」
「うん」
ねえ勝臣。母親の声が優しく柔らかくなった。
「あんたもディーノちゃんも大事な私らの息子だよ。あんたらが幸せならそれでいいんだ。それを忘れないでね」
「……うん。じゃあ、明後日に」
画面をタップして通話を終わらせると勝臣はじっと静かになったスマートフォンを見下ろしていた。
どうやらセレスティノは人と馴染めず今まで働きに出ていなかったことになっているらしかった。恐らく勝臣と一緒に暮らしているのもそこに起因するのだろうと思われているのだと思う。
セレスティノにも知らせて口裏を合わせておかないとな、と思っているとがちゃっと玄関の鍵が開く音がしてセレスティノが帰ってきた。
「ただいまー」
「おかえり」
「なに?電話してたの?」
スマートフォンを握りしめたままぼけっとしていた勝臣にセレスティノが小首を傾げる。
「ん。母さんに電話してた」
「お母さん、なんて?」
「ちゃんとお前の事を認識してたよ。で、お前の事引きこもりだと思ってたらしい」
「あー、だから働いてなかったって?」
「そうそう。今バイト行ってるって言ったら泣いて喜んでた」
「ありゃー、心配かけてたんだねぇ」
「まあいい歳した兄弟が一緒に暮らしてるんだからなんか理由はあるわな」
「そんなもんかぁ」
勝臣がスマートフォンをテーブルに置いて立ち上がる。セレスティノはもう手を洗ってエプロンを手に取っていた。
「ちょっと早いけどご飯にする?小腹程度ならパンも貰ってきてるけど」
「ん。夕飯にしようぜ。パンはあとで食べる」
「了解」
勝臣もエプロンをつけて手を洗った。
冷蔵庫から鶏もも肉と三つ葉を取り出す。カゴからは玉ねぎをふたつ。ツナ缶も出す。
「ディーノは鶏肉をひとくち大に切ってくれ。俺は三つ葉をやる」
「あいさ」
セレスティノが鶏肉を切るのを横目に勝臣は三つ葉をざっと洗ってざくざくと切っていく。
ボウルに移して油を切ったツナを入れて生姜チューブを多めに入れてマヨネーズも入れ、隠し味に醤油と胡麻を振りかけて混ぜていく。
これで三つ葉のサラダが完成だ。
「兄さん、お肉切れたよ」
「次は玉ねぎを切ってくれ一センチ幅くらい」
「了解」
ボウルから器に三つ葉サラダを移し替えてローテーブルに運ぶと次は鍋に水を入れて沸かす。
そこに醤油、みりん、酒、砂糖、顆粒の和風ダシを入れて混ぜて鶏肉と玉ねぎを投入する。
勝臣が鍋を見ている間にセレスティノが洗い物を進めていく。
「たまご四つ溶いてくれ」
「了解」
洗い物がひと段落したセレスティノが卵を取り出して慣れた手つきで割ってボウルに入れる。
菜箸でちゃかちゃかとかき混ぜてそれを勝臣に手渡した。
よし、と勝臣は鍋に溶き卵を流し入れて少し混ぜたあと蓋をして三十秒。
蓋を開けると半熟の卵がきらきらと輝いていた。
「どんぶり」
「はーい」
セレスティノが丼にご飯を盛って勝臣に渡す。
勝臣は鍋のそれをご飯の上にたっぷりとかけた。
親子丼の完成である。
ふたり分それを作ってローテーブルに運ぶ。レンゲと箸も運んだ。麦茶も漬物も運んだ。
よし。
「いただきます」
「いただきます!」
熱々のそれを猫舌気味の勝臣はふうふうしてレンゲを口に運んだ。
鶏肉の甘みが卵に染み出してコクが生まれている。
鶏肉を噛めば噛むほど旨味が溢れ出してご飯をかき込む手が止まらない。
箸休めの三つ葉のサラダも生姜とマヨネーズがいいコンビネーションを生み出していて美味しい。少し入れた醤油と胡麻が深みを出している。
はふはふと食べ進めてあっという間に食べ終えたふたりは手を合わせてごちそうさまをしてシンクに食器を運んだ。
セレスティノが洗い物をしているうちに勝臣が風呂を入れる。
食後のカフェオレも入れて一仕事終えたふたりはいつものようにソファに並んで座ってテレビを観ていた。
「兄さんは明日も休みなんだよね」
「ああ、来年の五日まで休み」
「じゃあ今夜もいいんだ?」
夜のお誘いに勝臣はいいよ、と言ってカフェオレを飲んだ。
「何回もしてもいい?」
「三回までな」
最近分かったのだがセレスティノは体力お化けだ。止めないといつまででも求めてくる。
勝臣としては満足のいくまでさせてやりたい気持ちはあるがものには限度というものがある。
だから三回と制限を科すのだがそれでもセレスティノは嬉しそうにありがとう兄さんと頬にキスを落としてくる。
セレスティノは出会ってから身長が少し伸びた。足のサイズも勝臣より大きくなった。服のサイズもひとつ上になった。もう勝臣のものでは共有できない。
お前の成長期いつ終わるんだよ、と呆れる勝臣にセレスティノは終わったと思ったんだけどなぁと笑っていた。
母親はセレスティノを見て大きくなったねと言うだろうか。それとも違和感を感じず受け入れるだろうか。
息子ふたりが共に生きていく事を受け入れてくれるだろうか。
勝臣は不安を隠すようにセレスティノにキスをした。
セレスティノが無邪気に嬉しそうに笑う。
この笑顔のためならば、なんだってできる気がするのだ。
勝臣はもう一度セレスティノにキスをして笑った。
「それでいつ帰ってくるの?」
通話の向こうで母親がうきうきとした声で聞いてきた。
「俺はもう今日から休みなんだけどディーノが明日までバイトだから明後日の二十九日に帰るよ」
そう言ったらがたーん!と大きな音がして勝臣はスマートフォンを耳元から離した。
「母さん?どうしたの」
恐らくスマートフォンを落としたのだろう、慌てて拾う音が聞こえてもしもし?!と母親の慌てた声が聞こえた。
「ディーノちゃん働いてるの?!いつから?!」
「ん?ああ、秋から駅前のパン屋で働いてるよ」
「上手くやれてるの?」
「ん?ああ、楽しそうに行ってるよ」
鬼気迫る声になんだ?と思いながら返すとそうなのそうなの、と母親は涙声を漏らした。
「あのディーノちゃんが働きに出られてるなんてなんて素晴らしいの……!よくも黙ってたわね!」
涙声で怒られてすまん?ととりあえず謝った。
「ずっと人に馴染めなかったディーノちゃんがやっと働きに……!ディーノちゃんはそこにいるの?」
「いや、今日もバイト行ってる。もうすぐ帰ってくると思うけど……」
「そう。こっちに帰ってきた時にたくさん話を聞かせてちょうだいね。ご馳走様たくさん作って待ってるから。あんたたちの好きなトッサロッサのケーキも予約してあるから」
「あーうん、あとさ、大事な話があるんだ。きっと気持ちのいい話じゃないと思う」
すると母親は内容も聞かずそう、とだけ言った。
「お父さんも私もちょっとやそっとじゃ驚かないから気楽に来なさい」
「うん」
ねえ勝臣。母親の声が優しく柔らかくなった。
「あんたもディーノちゃんも大事な私らの息子だよ。あんたらが幸せならそれでいいんだ。それを忘れないでね」
「……うん。じゃあ、明後日に」
画面をタップして通話を終わらせると勝臣はじっと静かになったスマートフォンを見下ろしていた。
どうやらセレスティノは人と馴染めず今まで働きに出ていなかったことになっているらしかった。恐らく勝臣と一緒に暮らしているのもそこに起因するのだろうと思われているのだと思う。
セレスティノにも知らせて口裏を合わせておかないとな、と思っているとがちゃっと玄関の鍵が開く音がしてセレスティノが帰ってきた。
「ただいまー」
「おかえり」
「なに?電話してたの?」
スマートフォンを握りしめたままぼけっとしていた勝臣にセレスティノが小首を傾げる。
「ん。母さんに電話してた」
「お母さん、なんて?」
「ちゃんとお前の事を認識してたよ。で、お前の事引きこもりだと思ってたらしい」
「あー、だから働いてなかったって?」
「そうそう。今バイト行ってるって言ったら泣いて喜んでた」
「ありゃー、心配かけてたんだねぇ」
「まあいい歳した兄弟が一緒に暮らしてるんだからなんか理由はあるわな」
「そんなもんかぁ」
勝臣がスマートフォンをテーブルに置いて立ち上がる。セレスティノはもう手を洗ってエプロンを手に取っていた。
「ちょっと早いけどご飯にする?小腹程度ならパンも貰ってきてるけど」
「ん。夕飯にしようぜ。パンはあとで食べる」
「了解」
勝臣もエプロンをつけて手を洗った。
冷蔵庫から鶏もも肉と三つ葉を取り出す。カゴからは玉ねぎをふたつ。ツナ缶も出す。
「ディーノは鶏肉をひとくち大に切ってくれ。俺は三つ葉をやる」
「あいさ」
セレスティノが鶏肉を切るのを横目に勝臣は三つ葉をざっと洗ってざくざくと切っていく。
ボウルに移して油を切ったツナを入れて生姜チューブを多めに入れてマヨネーズも入れ、隠し味に醤油と胡麻を振りかけて混ぜていく。
これで三つ葉のサラダが完成だ。
「兄さん、お肉切れたよ」
「次は玉ねぎを切ってくれ一センチ幅くらい」
「了解」
ボウルから器に三つ葉サラダを移し替えてローテーブルに運ぶと次は鍋に水を入れて沸かす。
そこに醤油、みりん、酒、砂糖、顆粒の和風ダシを入れて混ぜて鶏肉と玉ねぎを投入する。
勝臣が鍋を見ている間にセレスティノが洗い物を進めていく。
「たまご四つ溶いてくれ」
「了解」
洗い物がひと段落したセレスティノが卵を取り出して慣れた手つきで割ってボウルに入れる。
菜箸でちゃかちゃかとかき混ぜてそれを勝臣に手渡した。
よし、と勝臣は鍋に溶き卵を流し入れて少し混ぜたあと蓋をして三十秒。
蓋を開けると半熟の卵がきらきらと輝いていた。
「どんぶり」
「はーい」
セレスティノが丼にご飯を盛って勝臣に渡す。
勝臣は鍋のそれをご飯の上にたっぷりとかけた。
親子丼の完成である。
ふたり分それを作ってローテーブルに運ぶ。レンゲと箸も運んだ。麦茶も漬物も運んだ。
よし。
「いただきます」
「いただきます!」
熱々のそれを猫舌気味の勝臣はふうふうしてレンゲを口に運んだ。
鶏肉の甘みが卵に染み出してコクが生まれている。
鶏肉を噛めば噛むほど旨味が溢れ出してご飯をかき込む手が止まらない。
箸休めの三つ葉のサラダも生姜とマヨネーズがいいコンビネーションを生み出していて美味しい。少し入れた醤油と胡麻が深みを出している。
はふはふと食べ進めてあっという間に食べ終えたふたりは手を合わせてごちそうさまをしてシンクに食器を運んだ。
セレスティノが洗い物をしているうちに勝臣が風呂を入れる。
食後のカフェオレも入れて一仕事終えたふたりはいつものようにソファに並んで座ってテレビを観ていた。
「兄さんは明日も休みなんだよね」
「ああ、来年の五日まで休み」
「じゃあ今夜もいいんだ?」
夜のお誘いに勝臣はいいよ、と言ってカフェオレを飲んだ。
「何回もしてもいい?」
「三回までな」
最近分かったのだがセレスティノは体力お化けだ。止めないといつまででも求めてくる。
勝臣としては満足のいくまでさせてやりたい気持ちはあるがものには限度というものがある。
だから三回と制限を科すのだがそれでもセレスティノは嬉しそうにありがとう兄さんと頬にキスを落としてくる。
セレスティノは出会ってから身長が少し伸びた。足のサイズも勝臣より大きくなった。服のサイズもひとつ上になった。もう勝臣のものでは共有できない。
お前の成長期いつ終わるんだよ、と呆れる勝臣にセレスティノは終わったと思ったんだけどなぁと笑っていた。
母親はセレスティノを見て大きくなったねと言うだろうか。それとも違和感を感じず受け入れるだろうか。
息子ふたりが共に生きていく事を受け入れてくれるだろうか。
勝臣は不安を隠すようにセレスティノにキスをした。
セレスティノが無邪気に嬉しそうに笑う。
この笑顔のためならば、なんだってできる気がするのだ。
勝臣はもう一度セレスティノにキスをして笑った。
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