三十歳童貞で魔法使いになれるなら五十歳童貞は魔王になれる~実は創世神だそうです~

高槻桂

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 夕食のメニューはカレーライスとタンドリーチキン、みずみずしい野菜のサラダにとうもろこしの粒がたっぷり入ったポタージュスープ、そうめん瓜のマヨポン七味和えだった。
 サルベルーニャたちはカレーライスもタンドリーチキンも初めて食べた。サラダにもオリーブオイルに酢や砂糖と塩、胡椒を混ぜたものが程よくかけられていたしそうめん瓜に使われていたマヨネーズも濃厚だったしポン酢も味がしっかりしている。そこに七味だなんて贅沢品が振りかけられていた。
 極めつきは食後のデザートにカットオレンジにはちみつとカルダモン、シナモンのパウダーを絡めたものに食後のお茶はこれまたスパイスの効いたチャイだった。

「あんな味のはっきりとしたもん食べたん初めてや……」
「あんなの食べたちゃったら普通の食事に戻れない……」

 サルベルーニャとガウマノリッテがカウチの背もたれにしなだれかかって唸っている。
 ウスラキノフとクシャメラックも平静を装っているが無言である。

「胃袋ガッチリ掴まれた……」

 ガウマノリッテが呻くように言うと敬介がくすくすと笑った。

「この国にはまだただ領地があるだけです。私はここを繁栄させたい。帝国みたいな大きな国じゃなくて小さな国でいいけど幸せな国を作りたいんです。そのためのまあ言ってみてればあなたたちは第一住人候補なんです。良いところを知ってもらって広めてもらわないと」
「それで、移住にあたっての条件は」
「それや!空き家は見させてもろたけどお高そうな家ばかりやん!」
「それについてもあなたがたから知恵を借りたいのです」

 敬介はそう言ってああでもひとつだけこれだけは、と続けた。

「私とアルベニーニョへの害意を持たないよう意識をいじらせてもらいます。いじると言っても思考思想に何ら影響はありません。ただ私たちに万が一があるとこの国は帝国に真っ逆さまですから私たちに叛意を、具体的には私たちに直接なにかしようとか、帝国と通じてなにかしようとか、そういう意志や意欲がわかないように操作させてもらいます。それだけは了承いただきたい」
「それはどうやって行うのですか?」

 ウスラキノフがのそりと問うと敬介がこの領土に立ち入った時点で自動的に付与されますと答えた。

「なにか違和感はありますか?」
「いえ、気づきませんでした」
「でしたら結構。家についてですがすでに建ててある分については無償で提供します。家賃も必要ありません。これは先着順とするつもりです」
「え!家具とかも揃ってましたよね?」

 ガウマノリッテが驚いた声を上げ、それにも敬介は笑顔でええ、無償ですと返す。

「ここを選んでいただけたのならそれくらいはしたいのです」
「産業としては主に農業ですか?」
「今は農業がメインですが畜産もやりたいですしそのうち海も作る予定なので漁業も手を広げたいですね。湖なら小さめのがいくつかあるんですけど、淡水魚ばかりになってしまうので。海魚はまだ私が生み出さない限りこの土地では食べられないんですよ」
「海を作る……果てしないことを考えますね」

 クシャメラックが途方に暮れた顔をすると敬介はそうでもありません、と苦笑した。

「なにせ私が指を鳴らせば何でも叶ってしまうのです。海を作るくらい造作もないことですよ」
「そうでした。あなたは創世神の力をお持ちなのでしたね」
「恥ずかしながら」

 敬介が照れたように笑う。

「ところでみなさんはアルべニーニョとは古い付き合いなんですか?」

 敬介の問いにそれまで黙っていたアルべニーニョがぴくりと微かに体を揺らした。
 それに答えたのはサルベルーニャだ。

「さよです。アリーの離婚を機に話すようになりましてん」
「離婚?……アルべニーニョ、きみ、バツイチだったの?」

 しん、とその場が静まり返った。サルベルーニャはあかんこと言うてしもた?とひそひそと隣に座るガウマノリッテに声をかけている。爆弾落としてくれましたね、なんてガウマノリッテは返している。
 アルべニーニョは努めて冷静に敬介を見た。

「そうですけど何か問題でしたか?」
「いいけど、どうして別れたの?」
「相手の女性が私の財産目当てだと分かったからです。あと子供が欲しいとねだられて嫌になりました」
「こども……」

 ぽそっと敬介が呟いたのでアルべニーニョはハッとして違います!と席を立って敬介の前に跪いてその手を取った。

「子供が嫌いだから欲しくないのではなく、私は王家の人間だったので私自身は獣人ですから王位継承権はなくともその子供には発生するのです。その煩わしさからで、あなたとの子供が欲しくないとかそういう意味ではないんです……!」
「うん……わかってる」

 そうは言うものの目に見えてしょんぼりしてしまった敬介にアルベニーニョは焦る。

「そんな顔しないで。抱きしめたくなってしまう」
「俺らなら何も見とらんでー」
「そうですよー」

 ふたりがそちらを見ると彼らはそっぽを向いて爪をいじったりしていた。
 ふたりは笑いあうとぎゅっと抱きしめあってそうしてすぐに離れた。

「それにしたってアルベニーニョの離婚を機に話し出したってどういうことですか?」

 アルベニーニョが席に戻ると敬介は興味津々というように聞いてきた。

「実は私たち全員バツイチなんです」
「え!ガウマノリッテさんも?!」
「僕はアリーさんの後に結婚して結局離婚しちゃって輪に入れてもらった形です」
「そうだったんですね」

 そんなことを話していたら夜も更けてしまい、ガウマノリッテ以外は外に家を持っているからいいのだがガウマノリッテは寮に住んでいて外泊届を出していないので門限までに戻らなければならない。

 それではそろそろ、と一同が立ち上がってアルベニーニョが地上に地上に送り届ける。
 十分もしないうちにアルベニーニョは戻ってきて、お茶飲む?と敬介が聞くとええ、とうなずいた。
 メイドがお茶を運んでくる。それをアルベニーニョはひとくち飲んでからその、と話を切り出した。

「うん」
「バツイチのこと、黙っててすみませんでした」
「いいよ、気にしてない。でも子供は本当にいないんだね?」
「ええ、王位継承権を持った子供を産みたがっていた彼女が離婚後何も言ってこないということはそういうことだと思います」
「そっか」

 そしてまた沈黙が落ちる。お互いにひとくち、またひとくちと飲んでふと敬介が笑った。

「どうかしましたか」
「いるじゃない、死んだら悲しんでくれそうな人」

 いつだったかの話を蒸し返した敬介にアルベニーニョは苦笑してそうですかね、と応えた。
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