少女王とその奴隷

阿波野治

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散歩②

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 人間は二足歩行するのに相応しい体の作りをしている。四足歩行もできないではないが、不器用でつたない、じれったいほど遅い歩行速度になってしまう。
 なおかつ、僕が通っている道は悪路だ。湿っぽく柔らかい土はぬめるし、汚い。それに、進路には植物という厄介な障害物が立ち塞がっている。

 人間らしく二足歩行しているシルヴァーならば、手で押しのけて進路を作ればいい。しかし、犬として歩くことを命じられた僕は、立ち止まり、地面につく片腕に重心をかけ、もう一方の手を植物へと伸ばすという、面倒な手続きを踏まなければならない。四つん這いの姿勢で片手だけを使っても力を込めにくく、その意味でも面倒だ。
 というよりも、あらゆることが面倒だというべきだろう。下半身を故障して移動方法がそれしかないならまだしも、女王の嗜虐的な気まぐれで犬を演じているだけだから、馬鹿馬鹿しくもある。

 笑えない馬鹿馬鹿しさ。
 ようするに、最悪ということだ。

「遅いぞ。なにをちんたらしておるんだ。もっときびきび歩け、馬鹿者」
 一方のシルヴァーは、はしゃいだような声で絶え間なく僕を罵倒する。そして時折、リードの紐の部分を鞭のように振るって僕の体を打つ。
 なにせ裸だから、痛い。凄まじく痛い。切られるのと殴られるのとの中間のような、鋭くも強烈な痛みだ。最初これを食らったとき、僕は情けない声を上げて悶絶してしまった。

「大げさだのう」
 それを見たシルヴァーは、一周回って惚れ惚れするような嗜虐的な微笑を口元に灯した。

 それからは、僕がもたつくたびに鞭で叩いた。彼女は明らかに、僕が痛がる様子を面白がっている。
 痛いのはもちろん嫌だから、どうにか円滑な歩行を模索するのだが、ジャングルという厳しい環境がそれを許してくれない。急くあまり、低木の枝に体が引っかかる。地面に半ば埋もれている石に膝を強打する。そういった、二足歩行ならば避けられた悲劇に見舞われることも多々あった。そのたびに仕置きの鞭が飛んでくるのだから、たまったものではない。

 人間を非人間化させ、懲罰のための道具にもなる代物を、シロの散歩紐のつもりで作っていた自分。
 枝に蔓を結びつけるだけの簡単さに、ほっとした気持ちで作っていた自分。

 僕が勝手にリードに繋がれることになると思っていたシロは、僕やシルヴァーよりも常に前を行っている。
 先走りすぎないようにしつけられているのだろう、ある程度僕たちを引き離すたびに足を止めて振り返り、黒目に不満の色を宿して僕を見つめる。遅いぞ、奴隷の分際で足を引っ張るな――そう文句を言うかのように。
 だったら、お前が繋がれて歩いてくれよ。四足歩行は得意だろう、犬なんだから。
 心の中で吐き捨てた瞬間、鞭が鋭く脇腹を打ったので、僕は苦痛にうめく。
 たまたまタイミングが重なっただけなのだろうが、まるで心の中でシロを罵倒した罰のようだった。

「遅い。遅すぎる」
 シルヴァーは立ち止まり、リードの持ち手を握っていないほうの手を腰に宛がい、大きくため息をついた。同調するようにシロがひと声鳴いた。

「時間がいくらでもあると思うなよ、奴隷。暗くなる前に帰りたいんだ。仕方ないから、ここからは普通に二本の脚で歩け。全く、役に立たない……」
 束縛を解くことを許され、短くも長い四足歩行での散歩は終わった。ただし、シルヴァーは手にしたリードを使って、気まぐれに僕を鞭打ってくることもしばしばあった。

「馬のように乗ってみたかったのに、この様子では無理か。全く、使えないやつだ」
 本気でそうするつもりだったのだろうか? 
 恐ろしくて、尋ねてみる気にはなれなかった。
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