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契約④
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天然自然の障害物だらけのジャングルを全速力で駆け抜けるのは難しい。地図を熟知し、なおかつ体力に自信を持つ者でなければとても無理だ。
島に流れ着いて今日で三日目、体力が豊富とはいえない僕は、植物の楽園に足を踏み入れて早々に徒歩に切り替えた。すでに全身汗まみれだ。
何度身を置いても軽く圧倒されてしまう緑の濃密な匂いに、甘ったるい香りが混じっている。ベンチ作りをしていたときにも何度か嗅いだ、正体不明の腐臭ではなく、熟した果物の芳香だ。
長時間工作をしていたし、全力疾走をした直後でもあるから、疲れがある。食べたいと思った、果実を探した。しかし、どこにも見当たらない。
周囲を見回しているうちに、「ふたご湖」に通じる道にいることに気がつく。
その瞬間、衝動的疾駆から始まった単独行動の目的地が定まった。地面に唾を吐き、少し歩みを速める。
「……衝動的」
そう、まさに衝動的としか言いようがない行動だった。その結果、僕は今、一人で歩いている。
ベンチ作りを任されたときや、ジャングルで狩りを命じられたときなど、一人きりになったことは何回かある。しかし、それらは全てシルヴァーの指示を受けた結果。彼女の干渉を受けない形で一人になったのは、これが初めてだ。
目的地を「ふたご湖」と定めはしたが、そこでなにがしたいという欲求・欲望があるわけではない。
一人きりを満喫したい? 一見それが正解のような気もするけど、違う。なぜならば、シルヴァーから逃れて一人ジャングルの中を歩いている今、僕は落ち着かない気持ちでいる。満喫したり謳歌したりといった気分からは程遠い、というよりも正反対だ。
鬱蒼として不気味なジャングルの中という環境が悪い? 時間が経てば心境にも変化がある? そうは思えない。
そもそも僕は、なぜ逃げ出すという行動をとったのだろう。
衝動的に、なのだから、分析しても仕方がない。そう思いながらも考えずにはいられない。
作り上げたものを壊されるのは、なにも逃げ出さずにはいられないほど酷い仕打ちではない。何時間にも及ぶハードなセックス。頭の中が真っ白になるような侮辱の言葉。それらと比べれば、作りかけのベンチを壊されるなど、なんでもないことではないか。
行為自体が受け入れがたかったのではなく、積もりに積もった鬱憤があのタイミングで溢れ出した、と解釈するべきなのだろう。
ただ、溢れさせる最後とひと押しとなるような言動を、シルヴァーは発信しなかった。
あのとき僕は、こんな生活が続くのは耐えられないと思った。
しかし、そう思った瞬間に駆け出したわけではなかった。耐えがたさを感じたのは確かだが、抑え込めないほど激しくはなかった。
こう考えていくと、衝動的に走り出した、という表現は間違っているように思う。
僕に一人きりを求めて駆け出させたのは、それ以外の要因。
当時を振り返ってみると――どう言えばいいのだろう。感情的になってもいないのに、半ば無理矢理「感情的になり、衝動的に駆け出す自分」を演じたような……。
島に流れ着いて今日で三日目、体力が豊富とはいえない僕は、植物の楽園に足を踏み入れて早々に徒歩に切り替えた。すでに全身汗まみれだ。
何度身を置いても軽く圧倒されてしまう緑の濃密な匂いに、甘ったるい香りが混じっている。ベンチ作りをしていたときにも何度か嗅いだ、正体不明の腐臭ではなく、熟した果物の芳香だ。
長時間工作をしていたし、全力疾走をした直後でもあるから、疲れがある。食べたいと思った、果実を探した。しかし、どこにも見当たらない。
周囲を見回しているうちに、「ふたご湖」に通じる道にいることに気がつく。
その瞬間、衝動的疾駆から始まった単独行動の目的地が定まった。地面に唾を吐き、少し歩みを速める。
「……衝動的」
そう、まさに衝動的としか言いようがない行動だった。その結果、僕は今、一人で歩いている。
ベンチ作りを任されたときや、ジャングルで狩りを命じられたときなど、一人きりになったことは何回かある。しかし、それらは全てシルヴァーの指示を受けた結果。彼女の干渉を受けない形で一人になったのは、これが初めてだ。
目的地を「ふたご湖」と定めはしたが、そこでなにがしたいという欲求・欲望があるわけではない。
一人きりを満喫したい? 一見それが正解のような気もするけど、違う。なぜならば、シルヴァーから逃れて一人ジャングルの中を歩いている今、僕は落ち着かない気持ちでいる。満喫したり謳歌したりといった気分からは程遠い、というよりも正反対だ。
鬱蒼として不気味なジャングルの中という環境が悪い? 時間が経てば心境にも変化がある? そうは思えない。
そもそも僕は、なぜ逃げ出すという行動をとったのだろう。
衝動的に、なのだから、分析しても仕方がない。そう思いながらも考えずにはいられない。
作り上げたものを壊されるのは、なにも逃げ出さずにはいられないほど酷い仕打ちではない。何時間にも及ぶハードなセックス。頭の中が真っ白になるような侮辱の言葉。それらと比べれば、作りかけのベンチを壊されるなど、なんでもないことではないか。
行為自体が受け入れがたかったのではなく、積もりに積もった鬱憤があのタイミングで溢れ出した、と解釈するべきなのだろう。
ただ、溢れさせる最後とひと押しとなるような言動を、シルヴァーは発信しなかった。
あのとき僕は、こんな生活が続くのは耐えられないと思った。
しかし、そう思った瞬間に駆け出したわけではなかった。耐えがたさを感じたのは確かだが、抑え込めないほど激しくはなかった。
こう考えていくと、衝動的に走り出した、という表現は間違っているように思う。
僕に一人きりを求めて駆け出させたのは、それ以外の要因。
当時を振り返ってみると――どう言えばいいのだろう。感情的になってもいないのに、半ば無理矢理「感情的になり、衝動的に駆け出す自分」を演じたような……。
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