少女王とその奴隷

阿波野治

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役人来島③

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「物資をのせた舟は『三日月浜』に着岸する。情報だけは伝えていたと思うが、『三日月浜』があるのは『外れの浜』の反対側、島の北側だ」
 シルヴァーが僕に宛ててそう告げたのは、ジャングルの中を移動中のこと。昼食を終えたばかりの午後。同行したシロは、僕や飼い主の周りを絶えず駆け回っていて、今日も元気いっぱいだ。

 ひたすら歩き続けていると視界が開けた。
 三日月の形をした広い海岸だ。「外れの浜」との相違点は、面積以外で挙げるならば、両端に磯があること。波がぶつかっては砕け散る様子は、いかにも荒涼としている。
 役人はまだ到着していないらしく、足跡一つ刻まれていない、殺風景な砂浜が広がるばかりだ。

「どうした、磯のほうばかり見て。そんなに珍しいのか?」
「はい。なにせ初めて見ますから」
「そう言えばそうだったな。食える生き物食えない生き物、いろいろいるぞ。なにがいるか分かるか」
「カニとか貝とか、ですか」
「記憶喪失のくせに分かるのか」
「忘れているだけで、脳の中には残っているんでしょうね。訊かれたり言われたりした瞬間に、ぱっと浮かぶんです。思い出せない記憶もたくさんあるのですが、一般常識的なことはきちんと頭に残っているんですよ。鳥だって、弓矢だって、果物だって、どういうものなのかを覚えていましたから」

 役人が来るまでの暇つぶしに過ぎないのは分かっていた。上機嫌だからこそ話し相手になってくれているのだと理解してもいる。それでも、暴力も暴言も抜きにして、シルヴァーと他愛もない会話を交わせる喜びは誤魔化しようがない。

 会話は、シロが吠えはじめたことで中断を余儀なくされた。
 音量自体は出ているが、緊張状態に置かれているときの吠えかたではない。自分や飼い主、僕も含めた仲間に危害が及ぶ心配はしていないが、注意を払うべきなにかを発見した、といったような。
 シロの双眸は海へと据えられている。シルヴァーが注目しているのも同じ方向だ。

「クロ、あれを見ろ。あれが役人がのった舟だ」
 指差した方向を見据えると、海面上に一個の点が視認できた。海を漫然と眺めていただけなら気がつかなかっただろう、ごく小さな点。気のせいでなければ、それは徐々に拡大している。接近してきている。

「いつも思うのだが、舟が見えるのになかなか近づいてこない感じ、じれったくてもどしくて仕方ない。全く、女王のあたしがなんで突っ立って待たねばならんのだ」
 シルヴァーは絵に描いたような苦々しい顔をしている。
 僕は舟から目が離せない。到着が待ち遠しいような、恐ろしいような、相反する感情が拮抗している。

 役人。無害な人間。食料を運んでくるだけの人物。
 だとしても、自分でもシルヴァーでもない人物に会えるというだけで、脈拍はこんなにも速まっている。
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