少女と虎といつか終わる嘘

阿波野治

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四国へ

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「真一くん! いい加減、君に貸した金を返してくれよ。絶対に返すっていう約束を破るの、これでもう三回目じゃないか。君は何度『絶対』の大安売りをすれば気が済むんだ」

 電話越しに聞こえてきた福寿充の強い語気の声に、閑散としたラーメン屋で大盛りのチャーシュー麺をすすっていた真一は、「こりゃまずいな」と心の中でつぶやいた。

 福寿充は真一の学生時代からの友人で、夏目漱石の『坊っちゃん』をもじるなら「親譲りのお人好しで小供の時から損ばかりしている」男だ。
 お人好しな性格に付け込んで、真一は福寿から累計二百万円ほどの金を借りていた。都内の大手商社に勤める福寿は、お人好しなだけではなく懐が常に温かかった。

 真一が心の中で「まずい」とつぶやいたのは、温和な福寿が珍しく怒りを表明したからでもあるし、真一は返すだけの金も、金を返す気持ちも持ち合わせていないからでもある。
 福寿ならばいくらでも金を借りられるし、ふてぶてしさを出し惜しみしなければ踏み倒せる。そう高を括って、古くからの友人をこれまでさんざんいいように利用してきたのだが、さすがの福寿も聖人君子ではなかったというわけだ。

 別の知人からも借金をして、その金を福寿からの借金返済に充てるという手も考えた。しかし、真一があくどい真似をくり返したために、金を貸してくれそうな人間とはほぼ縁が切れている。消費者金融には死んでも頼りたくない。就業して地道に借金を返していく道を選ぶくらいなら、死んだほうがましだ。借金返済のために真面目に労働するという選択肢を選べる人間は、そもそも友人から二百万円もの大金を借りたりしない。

「……逃げるか」
 チャーシュー麵を食べ尽くすよりも早く、真一はそう方針を決定した。

 四国八十八か所を巡礼するというアイディアは、違法薬物を所持した容疑で逮捕されたプロ野球選手が、罪滅ぼしのために四国八十八か所巡りをしたというニュースを見て思いついた。

 思い立ったら即行動に移るタイプの真一は、さっそくネット通販で必要な道具一式を注文した。商品が自宅に宅配されるまでのあいだ、お得意の舌先三寸で福寿の追求をしのぎ、注文の品が届き次第リュックサックに詰め込んで加古川の自宅を発った。

 一番札所がある徳島へ行く高速バスが神戸駅から出ているので、加古川駅から電車で移動して乗り換えた。四国四県や札所や遍路についての情報は移動中に収集した。電話は着信拒否、LINEはブロックしたので、返済をせっつかれる心配はない。四国へ逃亡したことは、福寿を含めて誰にも伝えていない。万が一ばれたとしても、仕事に忙殺されている福寿は追ってこられまい。
 四国は徳島の地に降り立った真一は、JR徳島駅のトイレで遍路のコスチュームへと着替え、一番札所・霊山寺を目指して歩き出したのだった。
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