少女と虎といつか終わる嘘

阿波野治

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二人の会話

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「牧歌的、ですかね。ありきたりな表現になりますが」

 外を歩きはじめてすぐ、咲子が「小毬の印象はどうですか?」と問うてきたので、そう答えた。

「終わりのない旅をしている身としては、このような場所で束の間心身を休められるというのは、高級な宿屋に泊まるよりもありがたいし、幸福なことだと思いますね。同時に、こののどかで抒情的な情景が、人食い虎などというおぞましい存在に乱される現実が信じられないし、信じたくない気持ちがあります」
「残念ながら現実です。人食い虎は私たちが予期せぬタイミングで小毬に現れて、好き放題暴れ回って、人を食いちぎって噛み殺して、竹林へと帰っていくんです。沖野さんには信じがたいでしょうが、それが現実なんです」

 柔和だった顔つきをうんと引き締めて咲子は言う。淡々としているとも、一語一語に力を込めているともつかない、不思議な話しかただ。

「沖野さんの話によると、準備には三日かかるんでしたよね。虎退治の準備は」
「そうです。準備が整うまでは、私はただの人間も同然なので、それまではできれば相対したくはないですねぇ」
「準備を万端整えて、こちらから会いに行ったとしても、会えるかどうかはわからないですけどね。虎は警戒心が強いから。足跡や糞などを手がかりに移動ルートをたどることは可能だけど、虎自身を見つけるのは至難の業で。では、あちらが小毬にやってくるタイミングはどうかというと、そちらにも法則性は見出せないんです。一か月近く音沙汰がなかったと思ったら二日連続で襲撃してくるとか、まさに神出鬼没で」
「なおかつ、人間たちの力で撃退するのは難しい」
「そのとおりです。身体能力が高くて、肉体的に強靭で。こちらとしても必死に抵抗はするんだけど、実質的には虎が撤収するまでひたすら嵐に耐えるしかなくて。地区のトップとして、住人の犠牲が前提というのは、本来はあってはならないことなのだけど」

 咲子は下唇を噛む。顔は赤らんでいるようにも青ざめているようにも見える。惨劇がくり広げられた当時を思い返しているのだろう。視線は進行方向だが、意識はここではないどこかを正視しているらしい。虎への憎悪、犠牲者を悼む気持ち、被害を食い止められない罪悪感――観測できる感情は様々だ。

「だから、沖野さんという強力な助っ人が協力してくれることになって、ガッツポーズしそうになったくらいうれしかったです」

 咲子はおもむろに真一のほうを向き、ささやかな微笑で口元を飾った。照れ隠しか、栗色のショートヘアをくり返し撫でる。
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