少女と虎といつか終わる嘘

阿波野治

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真一とケンさん

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「行かなければならないところ」などもちろんない。あてもなく、気楽な気持ちでさ迷っているうちに、目の前に竹林が立ちはだかった。

 真一は苦虫を嚙みつぶしたような顔で群生する竹を睨みつける。
 竹林――暇を持て余していたとしても足を踏み入れたくない領域だ。その中を散策するくらいなら、頭が固い年寄りの相手を務めていたほうがまし、レベルの嫌悪感。さらには、忌み嫌っている場所に図らずも足を運んでしまったことへの自己嫌悪。
 小毬地区は狭く、竹林に囲まれているから、行き先を決めずにうろついていればいずれ高確率で突き当たる。その理屈はもちろん頭に入っているのだが、渋面はそう簡単に解消できそうにない。

 今日の昼下がりに予定された対話で、虎は俺になにを要求つもりなのだろう?
 殺すのが目的で呼び出されるわけではない。だとしても、殺されない保証はどこにもない。なんといっても、あいつは人語がしゃべれる畜生なのだから。

 竹林を見るとどうしても虎のことを考えてしまう。だからといって、事態を打開するような妙案を閃くわけではなく、時間が経てば経つほど気分は沈む。有意義に時間を消費するために家を出たというのに、これでは本末転倒だ。

「……引き返すか」

 竹林に背を向けたとたん、後方から草が揺れる音がした。
 汗がどっと噴き出した。
 振り向けるものなら振り向きたい。しかし、体が硬直してしまって微動だにしない。草を踏む音が次第に近づいてくる。
 虎? なぜ? まさか、俺が小毬から逃げ出そうとしていると早合点して、制裁を下しにきた?

 しかしほどなく、足音が人間のそれであることに気がつく。明らかに、靴を履いた人間の足が大地を踏みしめる音なのだ。
 振り向いた真一は、こちらへと向かってくる人影を目の当たりにした。

「――ケンさん」

 吉行兼造は真一の目の前で足を止め、一メートルほどに伐った竹の束を右肩に担ぎ直した。
 唇をぴたりと閉じて真一を凝視する。二十センチ近い高さから見下ろされる形だが、圧迫感は覚えない。巨体に見合わない、小動物のようなつぶらな瞳の持ち主であることに、二回目となる今回の顔合わせで初めて気がついた。

「話をする機会はこれが初めてですね。名前は聞いているかと思いますが、沖野真一と申します」
「沖野さん、どうした」
「はい?」
「なにかに怯えてるように見える。体調悪い? 熱中症?」

 お世辞にも聞きとりやすいとは言いがたい声で、抑揚をつけずにしゃべる。ぶっきらぼうな印象だが、小さくて丸い瞳を見返しながら耳を傾けていると、愛嬌が感じられてくるから不思議だ。
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