少女と虎といつか終わる嘘

阿波野治

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作戦

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 ひとまず虎との約束の一つは果たせそうだが、素直に喜べなかった。「これだけのことをするのだから、人食い虎退治は絶対に成功させてね」という、咲子からの無言の圧力をひしひしと感じるのだ。
 虎退治作戦において、明日という日が一つの重大な区切りになるのは間違いない。
 咲子や住人たちをどう言いくるめるのかは、まだ輪郭さえも掴めていないというのに。

「肉という言葉でふと思ったのですが、虎に毒入りの肉を与えて毒殺を試みる、といった作戦は今までに講じられましたか?」
「やりましたよ。そんなこと、とっくの昔にやりました」

 少し眉をひそめて咲子は言葉を返した。

「試したけど、効果はなかったですね。まったく手つかずどころか――汚い話だけど、こけにするみたいに肉の上に糞がしてあって。人食い虎の知能は高いと言っていいんじゃないかな。襲撃のタイミングも、ランダムだとは思うんだけど、こちらが一番油断しているときを狙っているような節もあるし」
「ただ力が強いだけではない、だからこそ手ごわい、ということですね。ではそれ以外に、虎対策として実施したことがあれば教えていただけますか」
「思いついたものから試していっているって感じだけど、結果はことごとく空しかったわ。まあ、練りに練っても通用するとは思えないけど」

 咲子はため息混じりに、実行済みの作戦の概要について説明する。市販や自作の罠をいくつか設置したが、いずれにも虎の毛一本すらも付着していなかったという。

「あとは、そうね。これは沖野さんにも秘密にしていたんだけど、実は住人総出での山狩りを計画しているんです」
「大人数で武器を手に竹林に乗り込む、ということですか?」
「おっしゃるとおりです。初日に沖野さんと鉢合わせしたときの楠本さんたちみたいに、農具を武器として使うのではなくて、本物の武器を今集めているところで。一つ一つが決して安くないから、全員に行き渡るまであと何か月かかるのかというペースではあるんだけど、着実に準備は整ってはいるんですよ。あまり時間をかけすぎても犠牲者が増えるだけだし、どの程度戦力が整備された時点で決行に踏み切るべきなのか、判断がとても難しくて、今も悩んでいて」

 説明の言葉が重なれば重なるほど、咲子の話しぶりには熱がこもっていく。
 槍や日本刀を手にした、総勢百名ほどの小毬の住人たちが、竹林で血みどろの戦いをくり広げる光景を、真一は想像に描いてみる。
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