少女と虎といつか終わる嘘

阿波野治

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牛肉

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 汗にまみれ、竹の葉やその他の植物の切れ端で服を飾り、息を切らしながらも、真一は目的地を目指す歩みを止めない。胸に抱えている、新聞紙にくるまれた五百グラムの牛肉は、時間が経てば経つほど臭ってくる気がしてならない。

 例の草の壁まで近づくと、そこからピンク色のなにかが覗いていた。見た瞬間は驚いたが、それが盛んに動いているのを見て、正体を看破した。不意に風向きが変わり、獣臭さが鼻孔に届いた。

「あの、中後さん? 頼まれたものを持ってきましたが……」

 ピンク色の鼻が音もなく引っ込む。「失礼します」と言って壁の向こう側に行くと、猛獣の巨大な顔がすぐ目の前にあったので、「ひっ」という声をもらしてしまった。緑色の瞳は真一ではなく、新聞紙の塊へと注がれている。

「これは牛肉です。約五百グラム。虎の胃袋には少ないかと思いますが、なんとか調達してきました」
「御託はいいから、開けろ。虎は新聞紙も食えるとでも思っているのか?」

 真一は新聞紙を剥がす。牛肉が垣間見えた瞬間、虎の顔が電流のように素早く動き、露出した赤に食らいついた。真一は反射的に腰を引いていた。それでいて両手の位置はそのままなので、滑稽で珍妙なポーズとなっている。
 虎は小さく唸るような声を上げながら肉をかっ食らう。透明な涎がしたたり、瞳はぎらついている。彼は固唾を呑んで食事シーンを見守る。肉はあっという間に胃の腑に消えた。

 首が持ち上がり、エメラルドグリーンの瞳が真一を捉える。
 五百グラムの肉では満足できず、身近にある肉――沖野真一まで食らうつもりなのでは?
 にわかに浮上したそんな疑惑に、息を呑んだ。やむことを知らない蝉しぐれの中、くっきりと喉が鳴った。
 虎はつまらなさそうに顔を背け、前足を使って口元を洗いはじめた。

 真一は壊れたロボットのようにぎこちなく背筋を伸ばし、深く息を吐いた。ていねいに顔を洗う様子をしきりにうかがいながら、音を立てないように新聞紙を小さく丸めた。

「牛肉という選択はよかったぞ。僕は豚や鶏よりも好きだ。量は少なかったが、満足したよ。まず一つ合格だな」

 長い時間をかけて洗顔を終えると、虎は四肢を投げ出すようにしてその場に寝そべった。猫がリラックスしているときや、暑さにまいっているときによく見せるポーズだ。腹部は白色の毛が大部分を占めていて、色合いは新雪を思わせる。しっぽが一定のリズムで地面を叩いている。動きは穏やかで、草の絨毯を叩く音が規則的に立つ。

「ところで、もう一つのほうはどうなったんだ、沖野真一」

 真一は話した。山狩りの計画を立てていること。武器の調達を急いでいるが、しばらく時間がかかりそうだということ。そして、本日午後六時に予想されている説明会について。

「山狩りか。竹林なのに山狩りとは、なんともセンスがないな。稀代の人食い虎である僕を討伐する計画なのだから、もっといい名前をつけてくれよ。まったく、これだから年寄りどもは」

 虎の声はせせら笑うかのようだ。計画のことはすでに看破していたか、そうでなくても察しがついていたか、どちらかではあったという雰囲気。
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