少女と虎といつか終わる嘘

阿波野治

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「しかし、沖野真一よ。お前がまさか、僕を殺す力を持っているとは思わなかったよ」

 虎の瞳が急に注がれたので、真一の肩は小さく跳ねた。せせら笑うような声の調子はそのままだ。真一はこびへつらうような形に顔を歪めて、

「いやいや……。持ってないですよ、力なんて。前に言ったでしょう。俺は故郷にいられなくなったから徳島まで逃げてきたって。力を持っているんだったら――」
「とっくの昔に使ってる? まあ、そうだな。使えないから、お前は今夜面倒なことをしなければならない羽目になったわけだ。哀れだな、お前という人間は」
「はは……。そう、ですね」

 いろいろな意味で笑いごとではなかったが、愛想笑いで調子を合わせておく。
 腹いっぱいではないにせよ、好物の牛肉を食らったおかげだろう、虎は上機嫌そうだ。機嫌がこのまま維持されてくれるのなら、食われる心配はまずない。だから、激怒させないように振る舞うことを心がける。それが最善の対応のはずだ。

「ところで、沖野真一よ」
「どうしました?」
「小毬側の戦闘準備はまだ整っていない。そして、今夜やつらは一堂に会する。これがなにを意味しているのか、お前には分かるか?」
「……どういうことでしょう」
「襲撃の絶好の機会ということだ。僕を倒す力について話し合っているところを襲って、大量虐殺! これ以上に愉快なことはないとは思わないか? その力が真っ赤な偽物だというのだから、なおのこと面白い。そうだろう?」

 真一は絶句し、慄然とした。
 襲撃。虎が。人食い虎が。小毬の住人を襲い、殺す。言葉に表してしまえばなにか呆気ない事実が、未来が、こんなにもおぞましく感じられるなんて。

「襲撃って、なぜ? 少なかったかもしれないけど、今日は肉を食べたじゃないですか。無理に人間を食べる必要は――」
「馬鹿が。大量虐殺と言ったのをもう忘れたのか。僕が人間を殺すのは、なにも食料にしたいからばかりではない。恨みがあるから殺すんだ。殺さずにはいられないほど恨んでいるからこそ、僕は虎に生まれ変わったんだから」
「でも、ほんとうに? ほんとうに襲うつもりなんですか?」
「怖気づいているのか? 安心しろ、お前だけは殺さないでおいてやる。貴重な食料調達係だからな。お前は馬鹿な住人相手に馬鹿げた講釈を垂れて、せいぜい油断させておいてくれ。一番盛り上がったところで主役のご登場という運びにするから。分かるな? お前の役割はかなり重要になってくる」

 虎の声はうきうきと弾んでいる。
 目の前の獣は先ほど確定事項という言葉を使ったが、ほんとうに確定事項なのだ。本気で説明会の場に乗り込み、住人たちを殺すつもりなのだ。

 真一は想像してみる。南那が爪に切り裂かれる様を。咲子が喉を食い破られる瞬間を。血まみれで目を剥いて横たわるケンさんの姿を。
 吐き気がした。
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