少女と虎といつか終わる嘘

阿波野治

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中後保の過去②

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 そんな折、思いがけない知らせが舞い込んできた。僕の両親が来春から隣町に飲食店を開くことが決まって、小毬を出ていくことになったんだ。
 それに伴って、両親は隣町に引っ越すことになった。でも、小毬の住人は総じて頭が固いから、取り壊す予定もない家を無人のまま放置しておくのはよくない、ということを口々に言い出してね。だから保は小毬に残ってくれ、家を守る代わりにお前は働かなくてもいい、仕送りは毎月送るから、一生懸命修行に励んでプロの作家を目指してくれ――そう親は言ってきたんだ。
 なにかとうっとうしい親と離れて暮らせるし、労働せずに夢を目指す生活も公認される。僕としては拒む理由がないから、二つ返事で承諾した。

 しかし、誤算があった。失念していたんだ。僕も、両親も。我らが小毬地区の住人は死ぬほど保守的で、周りとは違う行動をとる者には容赦しないことを。
『中後さんのところの息子は十九にもなって、どうして働かないんだ? 小毬の外で就職しなかった小毬の人間は、自分の農地があるならそこで、ないなら他の農家から借りて、農作業に従事するのが定石だろう。健康な若い肉体を有意義に活用しないとは、なんて罰当たりなんだ。小説家になるための修行? そんなもの、なんの役に立つんだ。男は肉体労働してなんぼだろう。読み物の執筆なんて、都会暮らしの先生にやらせておけばいい。一日中部屋にひきこもって、腹の中ではなにを企んでいるのやら、分かったものではないな』――。
 やつらの言い分なんてまともに耳を貸したことはないが、どうせそんなところだろう。小毬の連中は農業をやっている人間が圧倒的多数派で、肉体労働に価値を置いているから、働かず、しかも頭脳を武器にする仕事に就くために勉強している僕が気に食わないらしくてね。どんなに品行方正に日々を生きていても、陰口、白眼視、陰口、白眼視――ふざけているとは思わないか?

 慰めてくれる友だちもなく、不当な悪意から守ってくれる親もいない僕の修行生活は、凄まじくストレスがたまるものだった。いつまで経っても結果は出ないし、結果を出すためにはいっそう努力しなければならないから、ますますストレスがたまる。だからといって、住人たちの振る舞いに声を荒らげても、ますます陰口が増えて、ますます視線が冷たくなるだけだ。こちらとしては、死に物狂いで努力して、なんとしてでも夢を掴みとるしかないわけだが、そうはいっても現実は厳しい。意気揚々と町で暮らしはじめた両親も、店の経営はあまり上手くいっていないようだ。僕はだんだん自暴自棄になった。
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