少女と虎といつか終わる嘘

阿波野治

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中後保の過去①

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 少年時代の僕は引っ込み思案な性格だった。顔を見るのも嫌だとか、吐き気がするとか、そういう病的なレベルではなかったにせよ、人嫌いだったのはたしかだね。
 友だちなんて欲しくなかったから、作ろうともしなかった。たとえその気がある相手がいたとしても、僕はそいつの好意を撥ねつけただろう。極力他人と関わり合いたくなかったからね。学校などの場では、ことさら反抗的で反秩序的な真似こそしなかったが、慣れ合いや友だちごっこは拒絶した。虚勢を張っていたわけじゃない。そんな真似をするのが心底嫌だった、ただそれだけだ。
 嫌なものは拒む。なるべく近寄らせないようにするし、関わり合わないようにする。流儀と呼べるほど徹底したわけじゃないし、意識もしてこなかったが、とにかく僕はそういうふうに生きてきた。

 孤独な僕にとっての唯一にして最高の友だちは、本だった。……意外だと思ったか? 猛獣の姿しか見たことがない沖野真一には信じられないかもしれないが、こう見えてインドアなインテリだったんだぜ。
 親に買ってもらった絵本や児童書や子ども向けの伝記から、親父の本棚に並べてあった分厚い純文学や難解な哲学書まで、手当たり次第に読んだ。読めば読むほど本が好きになり、いつしか小説家になることが将来の夢になった。本と名がつくものであれば、食わず嫌いはせずになんでも読んだが、特に小説が好きでね。閉鎖的な山村で育ったから、波乱万丈な物語に惹かれたんだろうな。作風でいうと、展開が早い冒険ものが特に好きだったんだが――まあ、その話は別の機会にしよう。

 やがて自分でも小説らしき散文を書きはじめたが、子ども心に、小説家というのはそう簡単になれるものではないのは察していた。しかし、ガキであれば誰でもそうであるように、そのくらいのことで諦めたりしない。絶対に夢を叶えるんだ! その一念を胸に日々努力を重ねた。自分は普通からは外れた人間だから、いい大学を出ていい会社で働くみたいな、普通の生きかたはとても無理だ、特殊な方法で飯を食っていくしかないと、心の奥底では悲愴な決意をしていたように思う。

 中学二年生くらいから、出版社が主催する新人賞に自作原稿を送るようになった。しかし、結果は全て一次選考で落選。そのたびに僕は敗因を考えた。僕の作品が評価されないのは、文才がないから? 社会経験が不足している? 鍛錬が足りない? いくら頭を捻ってもしっくりくる答えは見つからず、とにかく書こう、という結論に落ち着くのが常だった。そして、性懲りもなく無様な落選をくり返した。
 十代でデビューなど夢のまた夢、とにかく長い時間がかかりそうなのは、残念ながら認めざるを得なかった。

 もともと人嫌い、好きなことだけをやって生きていたいと願っていたから、大学に進学するのも就職するのも嫌だった。高校は実質義務教育だとか、親に言いくるめられて隣町にある高校に入学して、休みがちながらもどうにか卒業したが、これ以上譲歩するつもりは毛頭なかった。部屋にこもり、ひたすら小説を書く。時間がかかっても努力・努力・努力を積み重ねて、商業作家デビューを果たす。そう夢見ていた。
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