少女と虎といつか終わる嘘

阿波野治

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熟考

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 帰宅しているあいだも、帰宅してからも、真一と南那の言葉数は少なかった。真一はしゃべる気力がなく、南那は自分からは話を振ろうとしないので、必然的にそうなった。
 生贄として参加する立場なのだから、鎮虎祭の話題くらい振ってくれても罰は当たらないのに。真一としてはそう思わずにはいられない。ましてや南那は、虎の意見によると、祭りの場で生贄として殺されるかもしれないのに。

 近い将来に住人たちに殺されるかもしれない状況ではあるが、真一の危機感は薄かった。虎ならばまだしも、同じ人間に殺される未来にはリアリティが感じられなかった。

 二人は敵である小毬の住人に抗うために、虎の言いなりになることで対処しようとしている。南那は、虎との対話を外部に漏らさないという形で。真一は、南那と同じ努力に加えて、鎮虎祭により多くの住人を参加させるというやりかたで。
 ただし、気乗りはしていない。
 ひとえに、これ以上犠牲者が出るのが嫌だからだ。集会所の惨劇のような血なまぐさい光景を再び見るのが、嫌なのだ。たとえ住人が、近い将来に真一を殺すかもしれないのだとしても。

「なにかないもんかね、誰もが死なずに済む方法は……」

 南那が昼食作りに励んでいるさなか、真一はおもむろにつぶやく。無意識に唇からこぼれ落ちたのか、彼女に聞かせる目的で意識的に口にしたのか、自分でも判断がつかなかった。どちらにせよ、切実な思いであり、嘘偽りのない気持ちなのは間違いない。

 誰もが死なずに済む。
 他の誰かを犠牲にしてでも自分が生き残る、ではなくて。

 真一は南那の様子をうかがう。彼女は機械のように一定のリズムを堅持して包丁で食材を刻んでいる。手を止めることも、肩越しに真一を一瞥することも、ましてや「誰もが死なずに済む方法」について私見を述べることもない。ただ、真一のつぶやきは聞こえていて、内心ではその言葉の意味について考えているような、そんな気配は伝わってきた。
 それは慰めにもなったが、さびしさも運んできた。隠していた事実を互いに把握し、さらには利害関係が一致しながらも、共通の問題に膝を突き合わせて腹を割って話し合う関係になれない。そんな現実がただただ悲しい。

 ――ただ。

「はい、どうぞ」

 純白の大きな皿が卓袱台に置かれた。オムライスだ。卵の黄色は絵の具のチューブから絞り出したばかりのように鮮やかで、表面にはケチャップでハートマークが描かれている。本日の夕食がオムライスだと判明したさいに、真一は過去にメイドカフェに行ったときの体験談を話した。それを踏まえての対応なのは間違いない。
 知り合ったばかりの南那であれば、たとえ真一から要望を出していたとしても、ハートマークは描かなかっただろう。味気のない赤色の線をジグザグに引いて、「はい、どうぞ」で終わりだったはずだ。

 付き合いが長くなるにしたがって、南那は彼に心を許している。もともと感情を露わにするのをよしとしない性格なので、じれったくなるような遅さかもしれない。それでも確実に変化している。

 俺にとって決定的な出来事が起きるまでに、俺たちの距離は、どちらかが危機に陥れば身を挺して助けるような関係にまで縮まるのだろう?
 明らかに時間が足りないと思ったが、真一はひとまず食べることに集中した。
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