少女と虎といつか終わる嘘

阿波野治

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高まる緊張

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「やっぱり私の言っていることが分かるのね。普通に日本語をしゃべれている」
「中後保の生まれ変わりか、とは訊かないのか?」
「どうでもいいわ、そんなこと。そもそも殺すから必要ないし――と言いたいところだけど、その前にチャンスをあげる。それがさっさと引き金を引かない理由」
「なるほど。もったいぶるくらいなんだから、さぞ素晴らしい話を持ってきたんだろうな。待ちきれないから早く話せよ」
「謝罪して。今までさんざん小毬の住人たちを襲い・殺し・食らってきたことを。そして、二度と小毬地区には足を踏み入れないと固く誓って。そうすれば命は――」
「嫌だね」

 きっぱりとした口調で発言を塗りつぶす。決して大声ではなかったが、咆哮したときに負けないくらいの迫力を持ったひと声だった。場に漲っている緊迫感が一段と増した。

「訊かれなかったから勝手に言わせてもらうが、僕が人間だったころの名前は中後保という。お前たち小毬の住人からさんざん白い目で見られ、陰口を叩かれ、迫害された末に首を括って自殺を遂げた、哀れな作家志望の文学青年。そんな僕が虎に生まれ変わったのは、なぜか? お前たちに復讐するために決まっているだろう。僕を自殺に追い込んだ憎き小毬の住人に復讐するために、僕は虎になったんだ。そしてな、西島咲子。数いる住人の中でも、僕を拒んだお前は最も殺したい人間の一人だ」
「はあ? ふざけないで。あたしをレイプしようとしたくせに――」
「黙れ。今は僕がしゃべる番だ」

 痛烈な平手打ちを食らわせるようにぴしゃりと遮る。反論する気配が引っ込んだのを確認してから、虎は再びしゃべり出す。

「僕に『これ以上殺すな』と命令するのは、死ねと言っているのも同然だ。二度と小毬に足を踏み入れないと約束すれば殺さない? 精いっぱいの慈悲をかけたつもりなのかもしれないが、死刑宣告でしかないんだよ。
 いいか、西島咲子。僕はお前を絶対に赦さない。他の住人たちももちろん赦すつもりはない。お前たちを皆殺しにするまで小毬を襲いつづけ、殺しつづけ、食らいつづける。僕はその方針を崩すつもりはない。断じてない」
「交渉決裂、ということでいいのかしら」
「その前に、駄目元でお前に一つ提案しようか、西島咲子。情けをかけると言い換えてもいい。あの日僕に傷を負わせたことを謝罪するなら、楽な方法で殺してやってもいいぞ」
「生かしてやる、ではないのね。私はあんたを生かす道を提示してやったというのに」
「言っただろう、僕にとってそれは死ねと命令するに等しいと。僕の提案は受け入れられない、ということでいいんだな?」
「当然でしょう」
「なるほど。僕たちは絶対に相容れない。和解できない。どちらかが死ぬしか、僕と小毬の因縁は解消される可能性はない。そういうことか」
「そしてあんたは、自分が死ぬつもりはない」
「当たり前だ」
「自殺したくせに? 心と体がバラバラなのね。さすがは欠陥人間。なるほど、人間じゃなくて畜生に生まれ変わるはずね」

 緊迫感がまた一段と高まった。後ずさりをしたいができないような重圧を真一は感じた。
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