少女と虎といつか終わる嘘

阿波野治

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戦いが終わって①

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 南那は体全体を大きく動かして虎に包帯を巻きつけている。なにせ大きな体だから、小指の切り傷を手当てするように簡単にはいかない。幸いなのは、包帯などの医療品の貯えがたっぷりとあること。そして、虎が患者として従順な態度を見せていることだろう。南那が作業しやすいようにしゃがんだり立ったり、頻繁に体勢を変える配慮までしているのだから、模範的を通り越して表彰ものといっていい。

「お前、ほんとうに南那ちゃんと上手くやっていけるのか?」

 包帯を巻き終わったのを見計らって、少し離れた木陰で見守っていた真一は彼らに歩み寄る。殺気は完全に消えていたので、無意識にため口をきいていた。虎は気だるそうに振り向いた。

「餌がとれなくて南那ちゃんを食い殺すとか、マジでやめろよ。それをするくらいなら、住人を襲って食い殺してくれ」
「それは本音? それともジョークのつもりか?」
「半分半分ってところだ」
「南那の意見だと、僕は咲子が恋しくて、でも冷たくされて、それで住人たちを食い殺していたんだろう? しかし、もはや隣には咲子の分身がいる。だからもう、その心配はない。そうだよな?」

 虎から注がれた視線に、南那は淡くほほ笑んで首を縦に振る。長年連れ添った夫婦みたいだな、と真一は思う。若さゆえのすれ違いや過ちの連続を越え、その先に待ち受けていた倦怠期も乗り越えて、どんなに強い風が吹いてもびくともしない、そんな関係が成立しているように見える。嫉妬にも似た感情が込み上げ、「ほんとうかよ」と苦々しくつぶやくと、

「この子を不幸な目に遭わせることは絶対にないから、安心しろ。南那との共同生活を想像するだけで、胸が躍るよ。狩りをするときとはまったく趣の異なるときめき……。なかなかどころか、素晴らしくいいものだな、真一よ」

 演技ではなく本音なのは、猛獣らしくなければ中後保らしくもない、なかばとろけたような声から明らかだ。
 では、南那の気持ちは?

 尋ねようとしたが、やめておくことにする。虎からの「そうだよな?」に対して彼女が示した、無言の首肯。あれがすべてを物語っていたからだ。


* * *


「中後保、餞別を持ってきたよ」

 沈黙に浸っている二人と一頭のもとに声が届いた。足音が近づいてくる。西島咲子だ。彼女は虎との因縁に決着がつくと、ただちに死人や怪我人やその家族のあいだを忙しなく飛び回り、てきぱきと指示を出していたが、ようやく一段落したらしい。
 咲子は三人のもとまで来て足を止めると、手にしていたものを自らと虎との中間地点あたりに放り投げた。新聞紙に包まれた小型犬ほどの塊。虎の小さな鼻が盛んに蠢く。

「あなたの好物の牛肉。各家にあるものをかき集めたから、何グラムなのかは知らないけど、お前の図体でも一食分くらいにはなるんじゃない」
「ずいぶん親切じゃないか。まるで人が変わったみたいだ」
「南那の提案を双方が受け入れた時点で、和解は成立したんだもの。せいいっぱい仲よくやらないと」
「人の食い物を地面に投げ捨てるやつが、よく言うよ」
「人? あなたは畜生でしょう。犬に餌を投げ与えるのと同じで、悪意はないわ」
「生意気な口を叩くのは相変わらずだが、お前がさっき言ったように和解は成立済みだからな。まあ、不問に付してやるよ」

 一人と一頭は視線を交わし、口角をわずかに持ち上げた。
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