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ダメ……ですか?

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 迎えた日曜日は、幸運にも晴天に恵まれた。
 待ち合わせ時間の五分前、待ち合わせ場所の公園に足を運ぶと――いた。膝を揃えてベンチに座っている。

「姫ちゃん!」

 駆け寄ると、ベンチから腰を上げた。その姿を間近から見て、おお、と声を上げてしまう。今日の姫ちゃんは、真っ白な半袖のブラウスに、フリルがついた桜色のミニスカートという服装だった。

「あの……あまりじろじろと見ないでください。……恥ずかしい」

 消え入るような声で呟き、右手でスカートの裾を押さえ、左手で胸を隠す。その頬はほんのりと赤い。

「あ、ゴメン。姫ちゃんっていつも白いワンピースを着ているイメージがあるから、新鮮だな、と思って」
「少し前にお小遣いで買った服なんですけど、自分には合っていない気がして、仕舞いっぱなしにしていたんです。思い切って着てみたんですけど――変、でしょうか」
「いや、変じゃないよ。凄く似合っているよ。マジかわいい!」

 姫ちゃんは顔を真っ赤に染めて俯き、もじもじしている。……かわいいなぁ、もう。

「じゃあ、行こうか。電車に乗り遅れちゃう」

 歩き出してすぐ、姫ちゃんに左手を差し出す。驚いた顔が見返してくる。

「手、握ろうよ」
「でも、そんな……」
「恋人みたいって? ま、いいじゃん。デートなんだから」
「で、デート……!」

 薄らいでいた赤色が急速に勢力を回復し、瞬く間に満面を染め上げた。反応が一々かわいいので、ついついからかいたくなるが、ほどほどにしておかないと。

「そう大げさに考えなくてもいいよ。ほら、友達同士で出かけるのを、冗談半分でデートって言ったりするでしょ。それと同じノリだよ。……手、そんなに繋ぎたくない?」

 一瞬間が空いたが、小さく首を横に振り、右手を差し出してきた。こちらから握る。姫ちゃんの手は強張っていたが、やがて力が抜け、握り返してきた。その握り方というのが、いかにも不器用で、幼くて、微笑ましかった。

 電車内は混雑していたため、残念ながら、繋いだばかりの手は放さざるを得なかった。しかし緊張は大分ほぐれてきたらしく、家や学校での出来事など、姫ちゃんの方から積極的に話を振ってくれたので、窮屈な時間を楽しく過ごすことができた。

 遊園地には半時間ほどで着いた。日曜日だけあって、来園客でごった返している。

「米村さんは乗りたいアトラクションとか、あります?」
「姫ちゃんのために来たんだから、姫ちゃんが乗りたいのに乗ろうよ。絶叫系も平気だから、なんでもどうぞ」
「あ、そうなんですか。じゃあ、あのジェットコースターに乗りましょう!」

 俺の手を取り、乗り場を目指して駆け出す。声は弾み、笑顔は輝いている。十三歳なんて、子供だな。思わず頬が緩んだ。

 ジェットコースターは半時間待ちだったが、姫ちゃんと談笑をしていれば、待ち時間も苦ではない。

「ちょっと意外だな、姫ちゃんが絶叫系が好きなんて」
「そうですか? スリルを味わうのは結構好きです」
「そうなんだ。今日はなんか、いつもと違う姫ちゃんが見られて、凄くお得感があるなぁ。別人みたい、なんて言ったら言い過ぎかもしれないけど」

 やがて順番が来た。並んで座席に座る。少し緊張した顔を見合わせ、期待と不安が混ざり合った笑みを交わす。ジェットコースターが走行を開始し、そして気がついた。

「ぎゃあああ! うわあああ!」

 俺は絶叫系がそんなに得意ではないことに。

「おおおお! ああああ!」

 ジェットコースターが苦手な人間の典型みたいに叫ぶ俺の横で、姫ちゃんは大輪の笑顔を咲かせている。頻繁に上がる歓声からは、風を、スリルを、疾走感を、心の底から楽しんでいることが伝わってくる。

 乗り終えた俺は、打ちのめされたボクサーのごとく、降り場近くのベンチで項垂れた。

「楽しかったですね! 一回転が連続するところとか、凄かったです!」

 俺の目の前に佇む姫ちゃんは、対照的に上機嫌そうな笑顔で、ジェットコースターに乗った感想を饒舌に語る。

「いや、あの回転は余計でしょ。乱高下している上にあんな動きまで加えられたら、乗っている方はとても……」
「ねえ、米村さん、もう一回乗りません? 凄く楽しかったから」

「え」に濁点がついたような声が思わず口から出た。いやいやいや、と首を横に振る。

「せっかく来たんだからさ、色々なアトラクションで遊ぼうよ。違うのに乗らない?」
「ダメ……ですか?」

 潤いを帯びた瞳がじっと見つめてくる。

「い、いや、そんなことはないよ。今日は姫ちゃんのために来たんだからね。乗ろうか、もう一回」
「いいんですか? やった!」

 一瞬にして姫ちゃんの表情に輝きが戻った。ベンチから立たされ、乗り場まで引っ張られながら、俺は思う。この年齢でも、女は男を操縦するのが上手いな、と。

 午前中は絶叫系を中心に乗った 。園内にあるレストランでの昼食を挟み、午後からもアトラクションで遊びまくった。
 楽しい時間は瞬く間に過ぎ去り、帰宅のことが頭にちらつく時間帯に入った。次に白羽の矢が立てられたのは――。

「米村さん、次は観覧車に乗りましょう」
「いいけど、観覧車って最後に乗るイメージない?」
「はい。でも、他のアトラクションで遊んでいるうちに、いつの間にか帰らなきゃいけない時間になってしまって、乗り損ねてしまいそうな気もするので」
「なるほどね。じゃあ、今のうちに乗っておこうか」

 観覧車には殆ど待たずに乗れた。最大で四人乗れるようだが、密閉された空間だからか、実際よりも狭く感じる。向かい合う形で座ると、互いの膝が触れ合いそうだ。

「おお! いい眺めだ」

 ゆっくりと遠ざかっていく地上を窓越しに見下ろしながら俺は喋る。

「まだ遊んでいないのは――あれとか、あそこのやつとか、あの建物もそうだし――まだ結構あるな。結構ハイペースで回ったと思うんだけど」

 不意に違和感を覚えた。俺の発言に対する姫ちゃんのリアクションが全くないのだ。怪訝に思って視線を向けると、姫ちゃんは窓にもたれて外を眺めていた。憂いを帯びた表情、という表現は少しげさかもしれないが、広い園内を回っていた時の屈託のない笑顔では明らかにない。

 一声かけようとして、気がついた。両膝が大きく緩み、スカートの中が見えそうになっている。さり気なく首の位置を工夫して、どうにか見ようと試行錯誤するが――見えない。惜しいところで見えない。……くそう。

 姫ちゃんが自らパンツを見せてくれるなんて、絶対に有り得ない。そう思うと、見えないのが普通のはずなのに、凄く悔しい。
 そこで一計を案じることにした。計略と呼べないほど単純な計略だ。時間を確認するふりをしてポケットからスマホを取り出し、わざと床に落としたのだ。それを拾うために上体を屈め、さりげなくスカートの中を窺うと――。

 黒! 今日の姫ちゃんは、なんと、黒いショーツを穿いているではないか!
 いや、まあ、中学生でも黒い下着くらい普通に穿くだろうが、姫ちゃんは今日のブラウスやスカートのように、淡い色合いを好むイメージが強かったから、俺はそのギャップにやられた。

 しかしながら、気持ちの高ぶりは長くは続かなかった。
 狭い空間内で人が動けば、いくら外の景色を眺めていたとしても、思わずその方に注目してしまうはずだ。にもかかわらず、姫ちゃんはこちらを一瞥すらしない。
 明らかに、なにかがおかしい。

「姫ちゃん!」

 大声で呼びかけると、姫ちゃんは驚いたようにこちらを向いた。目が合った瞬間、涙が込み上げたような表情になり、自らの膝の上に視線を落とした。
 疑いは確信に変わった。
 姫ちゃんはなにかを隠し事をしている。
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