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八
おっぱい、揉んで
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姫ちゃんと新菜の怪我は順調に回復していった。一定の水準まで回復したのを境に、二人の病室には次から次へと見舞客が訪れるようになった。姫ちゃんは家族と学校の友達。新菜はバイト先の同僚。姫ちゃんがみんなから好かれる性格なのは承知していたが、自殺未遂を乗り越えた新菜も、快調に人との繋がりを増やしているようだ。中には、明らかに新菜に惚れている男がのこのこと一人でやって来たりして、軽く嫉妬してしまったほどだ。
大勢の人間が見舞いに来る。結構なことだと思うが、個人的には複雑な気持ちだった。なぜならば、二つの意味で寂しいからだ。一つ。見舞客が来ている間、二人は俺の相手をしてくれない。一つ。二人と違って、俺のもとには誰もやって来ない。
来ないといえば、入院初日に来て以来、麦は一度も見舞いに来ていない。
入院初日の夜、中庭のベンチで今にもしそうな雰囲気になったが、結局はしなかった。股間に触れようと麦が伸ばした右手が、暗いせいで狙いがずれて腹の傷口に触れ、俺は悲鳴を上げた。こんな調子では激しい動きは無理だ、ということで、約束を果たすのは俺が退院してからということになったのだ。
それにしても、麦はなぜ見舞いに来ないだろう? 想像だが、自分以外の人間と親しく交流する姫ちゃんや新菜の姿を見て、自らの孤独を認識するのが嫌なのではないか。賑やかな性格に見えて、あいつは一人でいるのが好きだ。ずっと一人で明智光秀として活動していて、俺と組んだのも仕方なくだと言っていたし。
二人の交友関係の広さを目の当たりにするのが嫌でも、俺に、俺だけに会いに来てくれよと思うのだが――まあ、病院の中でするのは難しいからな。
☆
退院の日の前夜、俺はこっそり病室を抜け出し、病院を後にした。
夜道は人通りがなく、静かだった。普段は夜でもそこそこ通行人を見かける道なのに、今日はどうしたのだろう。
訝りながらも歩き続けていると、前から二人組が歩いてきた。話をしている。街灯の光に照らされたので、麦くらいの年齢の少女二人だと分かった。二人は俺の存在に気がつくと、話をするのをやめて足を止めたが、すぐに歩行を再開した。擦れ違った際、二人がこんな言葉を交わしているのが聞こえた。
「びっくりした。『カマイタチ』かと思ったけど、男だから違うや」
「ていうか、二人でいるから、どっちみち襲われないんじゃないの」
なるほど。人が少ないのは『カマイタチ』のせいだったのか。俺としては『カマイタチ』は既に倒したという認識だったが、俺と麦と姫ちゃんと新菜以外の人間はその事実は知らないのだから、未だに恐れ続けていたとしてもおかしくはない。
でも、『カマイタチ』事件だって、いつの日か風化する時が来るのだろう。それがいつなのかは知る由もないが、恐らくは俺が生きている間に違いない。
☆
アパート前の道から見上げると、部屋には明かりが点いていなかった。既に寝てしまっているのかもしれない。もしくはどこかに出かけているとか。
とりあえず部屋の前まで行き、インターフォンを鳴らす。ドアスコープを介して姿を見られないよう、ドアから少し離れた場所で待機する。三十秒経ったが、応答はない。もう三十秒待ったが同じだった。再度鳴らしてみたが、やはり反応はない。
せっかく来たのに、留守かよ。
苛立ち紛れにインターフォンを連打する。直後、自分がしたことの幼稚さに遅まきながら気がつき、苦笑をこぼす。その場から去ろうとした矢先、足音が聞こえてきた。ドアのロックが解除され、開かれる。
「うるさい! 夜だっていうのに――」
言いかけた言葉が止まる。見開かれる両目。現れたのは、制服姿の麦。
「米太郎! なんで? 退院は明日じゃなかったの?」
「うん。明日なんだけど、予告なしで来たら驚くかな、と思って」
「――米太郎っ!」
いきなり抱きついてきた。久々に感じたFカップのボリュームに、思わず顔がにやけてしまうが、直後に異変に気がつく。……泣いているのだ。
「おいおい、どうした」
「だって、だって、久しぶりなんだもん!」
「分かった、分かった。とりあえず、中に入ろうぜ」
背中を押して部屋に入り、ドアを閉める。麦は指先で涙を拭っている。
「おい、元気出せよ」
拭うのを手伝ってやる。それでも涙は止まない。
「仕方ないな。ほら、しっかり掴まれよ。……それっ」
麦をお姫様抱っこする。至近距離からこちらに向けられた顔は、最初驚きを露わにしていたが、すぐに笑みに変わった。
「泣き止んだか。ったく、世話が焼けるやつだ」
「凄い! ヤバいよ、米太郎! ガチでときめいたんだけど! キュンってなった!」
「それはなによりだ。じゃあ部屋まで――あっ!」
「どうしたの?」
「ダメだ、重たい。持ち上げるだけならいけるけど、動くとずっしり来る……」
「なに情けないこと言ってんの! 『カマイタチ』を倒したんだから、それくらい楽勝でしょ。ほら、頑張れ……!」
ぐっと顔を寄せ、俺の頬にキス。
「……うん、元気出た。行くぜ……!」
部屋に直行し、ベッドに麦を下ろす。電気を点けようとすると、服の裾を掴まれて引き留められた。
「暗い方がいい。座って」
隣に腰を下ろすと、すかさず肩にもたれてきた。
「おいおい、どうした。今日はやけに甘えてくるな」
「だって、この日が来るのを待ってたんだもん」
「俺もだよ。明智光秀として働き出して以来、色んな女のおっぱい揉んできたけど、やっぱり麦のが一番だ。当分織田信長の胸を揉まなくていい身分になったし、今日からはお前のだけを揉んで暮らす。――覚悟はいいか?」
麦は頷く。俺は麦に上体を向ける。闇の中で俺たちは見つめ合う。
「麦、好きだよ」
「私も米太郎のことが好き。おっぱい、揉んで」
頷くための時間を割くのももどかしい。唇を重ね、ベッドに押し倒し、ワイシャツのボタンを外し始める。
大勢の人間が見舞いに来る。結構なことだと思うが、個人的には複雑な気持ちだった。なぜならば、二つの意味で寂しいからだ。一つ。見舞客が来ている間、二人は俺の相手をしてくれない。一つ。二人と違って、俺のもとには誰もやって来ない。
来ないといえば、入院初日に来て以来、麦は一度も見舞いに来ていない。
入院初日の夜、中庭のベンチで今にもしそうな雰囲気になったが、結局はしなかった。股間に触れようと麦が伸ばした右手が、暗いせいで狙いがずれて腹の傷口に触れ、俺は悲鳴を上げた。こんな調子では激しい動きは無理だ、ということで、約束を果たすのは俺が退院してからということになったのだ。
それにしても、麦はなぜ見舞いに来ないだろう? 想像だが、自分以外の人間と親しく交流する姫ちゃんや新菜の姿を見て、自らの孤独を認識するのが嫌なのではないか。賑やかな性格に見えて、あいつは一人でいるのが好きだ。ずっと一人で明智光秀として活動していて、俺と組んだのも仕方なくだと言っていたし。
二人の交友関係の広さを目の当たりにするのが嫌でも、俺に、俺だけに会いに来てくれよと思うのだが――まあ、病院の中でするのは難しいからな。
☆
退院の日の前夜、俺はこっそり病室を抜け出し、病院を後にした。
夜道は人通りがなく、静かだった。普段は夜でもそこそこ通行人を見かける道なのに、今日はどうしたのだろう。
訝りながらも歩き続けていると、前から二人組が歩いてきた。話をしている。街灯の光に照らされたので、麦くらいの年齢の少女二人だと分かった。二人は俺の存在に気がつくと、話をするのをやめて足を止めたが、すぐに歩行を再開した。擦れ違った際、二人がこんな言葉を交わしているのが聞こえた。
「びっくりした。『カマイタチ』かと思ったけど、男だから違うや」
「ていうか、二人でいるから、どっちみち襲われないんじゃないの」
なるほど。人が少ないのは『カマイタチ』のせいだったのか。俺としては『カマイタチ』は既に倒したという認識だったが、俺と麦と姫ちゃんと新菜以外の人間はその事実は知らないのだから、未だに恐れ続けていたとしてもおかしくはない。
でも、『カマイタチ』事件だって、いつの日か風化する時が来るのだろう。それがいつなのかは知る由もないが、恐らくは俺が生きている間に違いない。
☆
アパート前の道から見上げると、部屋には明かりが点いていなかった。既に寝てしまっているのかもしれない。もしくはどこかに出かけているとか。
とりあえず部屋の前まで行き、インターフォンを鳴らす。ドアスコープを介して姿を見られないよう、ドアから少し離れた場所で待機する。三十秒経ったが、応答はない。もう三十秒待ったが同じだった。再度鳴らしてみたが、やはり反応はない。
せっかく来たのに、留守かよ。
苛立ち紛れにインターフォンを連打する。直後、自分がしたことの幼稚さに遅まきながら気がつき、苦笑をこぼす。その場から去ろうとした矢先、足音が聞こえてきた。ドアのロックが解除され、開かれる。
「うるさい! 夜だっていうのに――」
言いかけた言葉が止まる。見開かれる両目。現れたのは、制服姿の麦。
「米太郎! なんで? 退院は明日じゃなかったの?」
「うん。明日なんだけど、予告なしで来たら驚くかな、と思って」
「――米太郎っ!」
いきなり抱きついてきた。久々に感じたFカップのボリュームに、思わず顔がにやけてしまうが、直後に異変に気がつく。……泣いているのだ。
「おいおい、どうした」
「だって、だって、久しぶりなんだもん!」
「分かった、分かった。とりあえず、中に入ろうぜ」
背中を押して部屋に入り、ドアを閉める。麦は指先で涙を拭っている。
「おい、元気出せよ」
拭うのを手伝ってやる。それでも涙は止まない。
「仕方ないな。ほら、しっかり掴まれよ。……それっ」
麦をお姫様抱っこする。至近距離からこちらに向けられた顔は、最初驚きを露わにしていたが、すぐに笑みに変わった。
「泣き止んだか。ったく、世話が焼けるやつだ」
「凄い! ヤバいよ、米太郎! ガチでときめいたんだけど! キュンってなった!」
「それはなによりだ。じゃあ部屋まで――あっ!」
「どうしたの?」
「ダメだ、重たい。持ち上げるだけならいけるけど、動くとずっしり来る……」
「なに情けないこと言ってんの! 『カマイタチ』を倒したんだから、それくらい楽勝でしょ。ほら、頑張れ……!」
ぐっと顔を寄せ、俺の頬にキス。
「……うん、元気出た。行くぜ……!」
部屋に直行し、ベッドに麦を下ろす。電気を点けようとすると、服の裾を掴まれて引き留められた。
「暗い方がいい。座って」
隣に腰を下ろすと、すかさず肩にもたれてきた。
「おいおい、どうした。今日はやけに甘えてくるな」
「だって、この日が来るのを待ってたんだもん」
「俺もだよ。明智光秀として働き出して以来、色んな女のおっぱい揉んできたけど、やっぱり麦のが一番だ。当分織田信長の胸を揉まなくていい身分になったし、今日からはお前のだけを揉んで暮らす。――覚悟はいいか?」
麦は頷く。俺は麦に上体を向ける。闇の中で俺たちは見つめ合う。
「麦、好きだよ」
「私も米太郎のことが好き。おっぱい、揉んで」
頷くための時間を割くのももどかしい。唇を重ね、ベッドに押し倒し、ワイシャツのボタンを外し始める。
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