なぜならこの世界は

阿波野治

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 赤鬼氏は椅子ごと栄田くんに向き直り、上体を四十五度ほど前屈させ、ほろ酔いの人間特有の、上機嫌で開けっ広げな微笑を点灯させた。
「そういえば、京山先生はcholeraを異様に怖がっていたねぇ。何日間かいっしょに暮らしてみたのなら分かると思うけど、沈着冷静で物怖じしない男でしょう。老成という言葉を使いたくなるような。しかしその実、内心では大いに怯えているという」

 話の内容よりも、酔っているにもかかわらず活舌がよく、発信するべき言葉の選択が円滑に行われていることに、栄田くんは驚いた。

「おっと、ごめんよぉ。君の先生を悪く言うつもりはないんだ。むしろ尊敬しているよ。しっかりとした信念をもって創作活動に励んでいる、職人気質の人だからね。物静かながらも精力的に。君はまだ若いが、分かるだろう? プロフェッショナルをリスペクトする心ってものが。年下だろうが犯罪者だろうが――ああ、聞きようによっては京山先生の悪口になっちゃうな。要するになにが言いたいのかというと、私たち作家はみな芸術至上主義的傾向の持ち主であって、素晴らしい作家と素晴らしい作品こそが正義。分かるよねぇ?」

 嫉妬などというくだらないものに囚われることなく、優秀な後輩を正当に正確に評価する、度量の深さ。芸術至上主義という思想に対する共感。書生の身分である自分を軽んじることなく会話してくれること。
 栄田くんはその全てが嬉しくて、年端もいかない子供のように顔を綻ばせて頷いた。
 それを見た赤鬼氏は、若さが残る目鼻立ちに不思議と釣り合った、好々爺じみた笑顔で二度三度と頷く。しかし直後に首を傾げ、

「えーっと……。君は随分若いようだが、新人作家かな? デビューはどこの出版社から?」
「いえ、わたくしは作家ではなくて、京山東伝先生の……」
「ああ、思い出した。書生の若人ね。しゃべっていないとすぐに酔いに負けるんだよなぁ。仕事と同じでアウトプットしてなんぼだよ、アウトプットして」

 赤鬼氏は周囲を見回す。おもむろに茶の缶へと手を伸ばし、プルタブを開けてラッパ飲みをした。缶から口を離したあとの息の吐き方は、酒を呷った直後のそれを連想させる。誤りを指摘しようかとも思ったが、
「……あの。choleraについてお訊きしたいのですが、よろしいですか」
「ん? どしたの?」
 寸前で方針を転換し、恐る恐る意向をうかがう。赤鬼氏はもう一口飲み、空とぼけているようにも見える顔を軽く突き出して栄田くんの顔を見返した。

「choleraとは、どういった存在なのですか? choleraに目を光らせるために先生に雇われた人間として、ぜひ知っておきたいので、教えていただければと思いまして。話をさせていただいた感じ、choleraにお詳しいようなので」
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