なぜならこの世界は

阿波野治

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 栄田くんは入浴後、持参した十冊の中に三冊ある随筆集の目次を確認した。サツマイモの収穫にまつわる思い出をつづった随筆『目の中の砂』が収録された一冊があったはずだが、勘違いだったらしく手持ちの中にはなかった。
 先生の実家からサツマイモが届いたこの機会に、久しぶりに読み返したかったので落胆した。ただ、内容は細部まで覚えている。お気に入りで、くり返し読んだ作品だからだ。

『目の中の砂』では、先生が小学校低学年のとき、授業で芋掘りを体験したさいの模様が描かれている。
 サツマイモ掘り体験それ自体、あるいは農業や自然の素晴らしさを語った随筆ではない。もしそのような内容であれば、先生がいくら格調高く書き上げたとしても、栄田くんの評価はそれなり止まりだっただろう。
 あらすじはこうだ。

 サツマイモ掘り体験が行われる当日は気持ちのいい秋晴れが広がったが、あいにく風が強かった。先生の故郷は海沿いの鄙びた町で、特産品であるサツマイモは砂地で育てる。強風が地表を払って砂を巻き上げるたびに、児童一同は一斉に、やや誇張されてはいるが切実な悲鳴を上げた。
 良好とは口が裂けても言えない気象状況だったが、大半の児童にとって芋掘りは愉快な体験で、マイナスを帳消しにする喜びと楽しみを感じているようだ。彼らは目をこすり、口の中の砂を吐き出しながら、地中から赤紫色の宝物を発掘する作業に躍起となった。

 先生も同じく楽しんだが、体力に乏しいためすぐに疲れてしまった。他の児童たちは元気いっぱいに芋掘りに励んでいるが、先生はこれ以上体を動かすのはごめんだと思った。
 そこで作業の邪魔にならないよう自主的に畑の隅まで移動してじっとしていることにした。
 軍手を脱いだ手は頻繁に目を触った。先生が選んだその場所は、人が壁になって風を遮っているため、砂の被害からは保護されている。目に砂が入る事例が続発し、目をこする児童がそこかしこで見られるため、手持ち無沙汰なせいもあって無意識に真似てしまうらしい。

 やがて先生に話しかけてきた者がいる。引率として畑までいっしょに来ていたクラス担任の女性教師だ。「今の私よりも若かった」との記述があったから、二十代前半。一人だけ集団から逸脱した行動をとる京山少年に、教師は「私が普段からよく目にしてきた、実に彼女らしいにこやかな顔」で、こんな言葉をかけたという。
「こうも風が強いと嫌になるよねぇ。でも、芋はまだ土の中に残っているし、もう少しがんばってみようか。目をこすりすぎるのはよくないから、あそこの水道で洗ってこようね」
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