なぜならこの世界は

阿波野治

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 草履のつま先になにかが接触し、栄田くんの意識は現実に引き戻される。
 動物の骨だ。一軒の食料品店の前の地面に、小石のように無造作に転がっている。長さは手の人差し指、太さは小指で、全身が灰色がかった白色。
 周囲を広く見渡したことで、店の前にはたくさんの白骨が散乱していることが判明した。跨ぐ人、踏み潰す人、迂回する人と、対応は十人十色。白が破砕される乾いた音は、音量以上に強く聴覚に訴えかけてくる。

 食料品店は、先生が言及していた店らしい。店内は万人を受け入れ、万人から受け入れられる明るさに包まれている。外観や全体的な雰囲気は、ありふれた食料品店という印象だ。棚のデザインや陳列された商品の種類までありありと想像できる。
 製紙工場跡の市場とやらの様子を見に行ってみよう、と栄田くんは心に決める。牛頭が牽引する人力車が、骨を慌ただしく轢き潰しながら駆け抜けていくのを見送り、歩き出す。
 通行人の密度は次第に増していく。市場までの所要時間は聞かされていないが、そう遠くはないらしい。予測が正しいという確信があったから、路傍に廃棄された天蓋つきベッドに大声で話しかける、浮浪者風の身なりの中年男性を見かけても、心には漣すら立たなかった。

 六・七分ほど歩くと、行く手に目的地が見えた。「青空市場」と明記された巨大な看板が出ていたので一目で分かった。
 無機質なコンクリートの地面の上に、ある店は巨大な革製のテントを張り、ある店はチープなレジャーシートを広げただけの簡潔さで、思い思いの商品を販売している。食欲をそそるジャンクフードの匂いの主張が強い。規定の枠内に販売スペースを収めなければならない規定はないらしく、任意の場所に必要な広さだけ縄張りを確保しているため、通路は不規則だ。来客数は市場の広さと比べるとやや寂しいが、陳列された商品の百花繚乱が補って余りある華やかさを演出していて、総合的には活気が感じられる。

 順路の概念が存在しない入り組んだ通路を、好奇心の赴くままに逍遥する。そうするうちに気がついたのは、食料品を扱っている店はむしろ少数派ということだ。手作りらしい木彫りの民芸品。古い切手のコレクション。人間のものらしき爪を詰めた小瓶。食料品を売っている場合も、漫画雑誌の切り抜きを綴じたものとスモモの砂糖漬けが抱き合わせにされているなど、ひと捻りをした店が多い。
 ふと顔を上げると、前方に巨大なブロンズ像が屹立している。全高は十メートルにもなるだろうか。眼鏡をかけた壮年の男性を象っていて、西の空を雄々しく指差している。像の台座を囲う木製ベンチを占めているのは、休息をとる高齢者、談笑に耽る男女のペア、屋台の一品に舌鼓を打つ親子連れ。食事をとるためのテーブルセットも複数用意されている。
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