なぜならこの世界は

阿波野治

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 彼女が戻ってきた。たこ焼きのパックを両方の手に持っている。収穫物をテーブルに置き、開封し、爪楊枝に刺して口に入れる。全てはあっという間の出来事だ。

「うひゃー! んまーい! 熱いけどおいひー!」
 心愛はがっつくように頬張る。盛んに動く上下の歯の間から、たこ焼きが咀嚼されている光景が垣間見える。会場のどこかで鳴り始めた断続的な銅鑼の音に、食べっぷりが加速していくようでもある。
 対照的に、栄田くんは息を吹きかけながら一口ずつ食べる。向かいの席の少女の食事の様子は慌ただしいが、彼はほっとした気分だった。
 心愛は食事に夢中、栄田くんは強いてしゃべろうとはしないので、会話はない。現在食べているものの味についての感想を、彼女が無意識のように口にするだけだ。

 これで充分だ、と栄田くんは思う。充分に満足だ。間食の愉楽、ジャンクな味を堪能する愉楽が、思いのほかちっぽけだったことに対する驚きはあったが、それすらもどうでもいい。
 僕はきっと、心愛さんが喜ぶ顔が見たかったんだ。満足がいく食事をしたい。それも一因なのだろうけど、主因ではなかった。先生を裏切った理由はそれだと決めつけたのは、きっと青くさい照れ隠しだったのだろう。
 僕はきっと、あの夜からずっと心愛さんのことが――。

 銅鑼はいつの間にか鳴りやんでいる。
 最後のたこ焼きが心愛の口腔に収まり、数回の咀嚼を経て嚥下された。栄田くんはやっと折り返しとなる四個目を爪楊枝に刺したところだ。彼女は桃色の舌で口元のソースを掃除し、
「美味しかった! ねえねえ、もっと食べていい? まだまだ食べられそうだから、食べたい!」
「いいですよ。僕はもう満腹なので、心愛さんの分だけ買ってきてください」
「ありがとう! くーちゃん、優しいから大好き!」

 テーブルの上に置いた硬貨を、心愛はいささか性急にすくい取り、出店が建ち並ぶ方へと駆けていく。栄田くんはすくい残された硬貨を眺めながら、漸く食べやすい温度になってきたたこ焼きを、たこを最後まで残しておくかじり方で食べる。
 アイスクリーム、フライドポテト、大判焼き。心愛は三種類の食べ物を一度に買ってきた。アイスで、油で、あんこで、口元を汚しながら元気よく食べる様は、年端のいかない子供のようで、栄田くんは口角が持ち上がるのを抑えられない。
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