僕は君を殺さない

阿波野治

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 道はやがて山の中に入った。緩やかな起伏と曲折をくり返しながら、延々と続いている。
 木々の枝葉が庇代わりになっているので、汗が滲むことはない。風が通り抜けると、涼しいと錯覚する瞬間さえある。言及する話題に、目に映る自然物を取り上げることが増えてきた。

 ほどなく道が二股に分かれた。真っ直ぐに行く道と、左に折れる道と。前回来たときの祖父の説明によると、真っ直ぐに進めば集落がある、とのことだった。左の道に行くよう、手振りで九条さんに促し、そちらへと進む。

 道なりにひたすら歩いていると、視界が開けた。

「川」

 突き刺すような直射日光に怯む様子もなく、九条さんは必要最小限の言葉で、前方を左から右へと流れているものに触れた。
 川音ならば少し前から聞こえていた。水流が豪快だとか、河原が広大だとか、眺めが雄大だとか、刮目に値する特徴を備えているわけではない。彼女の性格を考え合わせれば、驚きはないに等しかったはずだ。しかし、声から感情が排除されているせいか、却って心を動かされているようにも感じられた。

「ここがさっき言った、おじいちゃんと来たことがある河原。景色としては平凡なんだろうけど、印象に残っている場所の一つではあるね。移動に自家用車じゃなくて、電車を利用したからだと思うんだけど。聞いたこともない鳥の鳴き声を聞きながらお弁当を食べたり、石をひっくり返して生き物を探したり。楽しかったな」

 説明を述べるのも聞くのも、川を眺めながらになる。上流ということで、一面に散らばった石は、岩と呼ぶのが適当な形状と巨大さを誇るものが多い。その狭間を、細い水の流れがほぼ一直線に疾走している。僕たちが現在立っている道の脇から、踏み固められた急な細道が河原へと伸びていて、そこを通って下りられるようになっている。祖父と来たときは誰とも出会わなかったが、現在も無人だ。

「とりあえず、下まで行ってみようか。九条さんは河原でなにかしたいことはある?」
「別に。川は川でしかないし、河原は河原でしかないから、特になにも」
「冷めてるなぁ。釣りなんかしたら面白そうだけど、道具も知識もないからね。九条さんの服装だと、水遊びをするのもちょっと難しそうだし」
「一人ですれば」
「そんなの、面白くないよ。せっかく二人で来たんだから、二人で同じことをやらないと。とにかく、いったん下りようか」

 バッグの持ち手を握り直し、先陣を切る。気乗りがしていないようなので若干不安だったが、ちゃんとついてきてくれた。足を滑らせないように、九条さんに声をかけながらの移動となる。

 荷物を適当な場所に置き、僕は河原を歩き回る。清澄で新鮮な空気、生命力を横溢させた豊かな緑、陽光に煌めく川面。自然の中で活動する時間が募れば募るほど、懐かしさが深まっていく。

 前回訪れたのは六・七年も前になるが、石や岩という、変化の速度が極めて緩やかな物体がひしめく場所だからか、既視感を覚える瞬間も少なくない。この大きな角張った岩は、おじいちゃんに「危ないからやめておきなさい」と制止されるのを振り切ってよじ登ったな、とか。川辺のこのあたりで転んで泣きそうになったんだっけ、だとか。足場は悪いが、ちょっとしたアトラクションで遊んでいるかのようで、歩くことが全く苦にならない。
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