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「静かだね」
駅舎を出て道を歩き始めてすぐ、僕は九条さんに話しかけた。実際はシャワーのように蝉の鳴き声が降り注いでいるのだが、言わんとしていることは瞬時に呑み込んでくれたようで、
「そうだね。前回と同じく」
「二人きりでいられて、誰にも邪魔される心配がなさそうだから、この場所を選んだんだけど」
「説明されなくても、だいたい分かってる」
「じゃあ質問するけど、僕と二人きりでいることについて、九条さんはどう思っているの?」
静かに電車に揺られている間、話し合いたいこと、確認をとっておきたいことは山ほどあった。その中の一つがそれだった。
「気が置けない相手だから、一緒に過ごしている時間は楽しくて、幸せな気持ちになれる、ということであればもちろん嬉しい。父親から助けてくれる人間が、頼れる人間が僕以外にはいないから、嫌なところもあるんだけど仕方なく、ということであれば、その嫌なところを直していきたいと思ってる。ただ父親から物理的な距離を置くのを手助けをするだけじゃなくて、ありとあらゆる意味で、九条さんの心を楽にしてあげたいから」
九条さんの足が止まり、こちらを向く。唇が、明らかに発声に備えて半分ほど開かれたが、顔を進行方向に戻して歩き出した。
「ちょっと、質問の返事――」
「体験してみないと分からないこともある。だから今の段階で、私の口から断言できることはなにもない」
「……そっか。まあ、そうだよね」
「でも」
再び九条さんの足が止まったが、直ちに歩みを再開する。視界に映った一瞬の表情は、微かに笑っているようにも見えた。
「現時点で、遠藤くん以上に、一緒にいて心が楽になれる人はいない。だから、変な心配はしなくていいから」
「……九条さん」
「バッグ、持ってくれないかな。重たいから」
「僕のバッグも重たいし、一人で二つはさすが――いや、やっぱり持つよ」
九条さんが肩から外したバッグを受け取る。案の定、重い。それでいて、仄かに快くもある。荷物を委ねてくれたのは、大げさに捉えるならば、僕を信頼してくれた証なのだから。
助け合って、支え合って、僕たちはこれからの日々を生きていくのだ。
* * *
「とりあえず、ここが拠点かな」
河原に下りる道のほど近く、一軒の古びた小屋のドアを開け放ち、溜息混じりに僕は言う。至るところに蜘蛛の巣が張っていて、床も汚れきっている。正常な衛生観念の持ち主であれば、荷物の一時的な置き場にすることさえも憚られる有り様だ。
「寝泊まりをする場所、という意味?」
「そういうこと。あとは持ち物を置いたり、食事をする場所なんかにも使えるかもしれない。もちろん、九条さんが嫌じゃなければの話だけど」
言葉を切って顔色を窺う。彼女はお馴染みの無表情で僕を見返し、
「少なくとも、河原で眠るよりはましなんじゃないかな。だから、私は別に」
「安心した。じゃあ、とりあえず中を掃除しようかな」
落ちていた葉っぱつきの枝を活用して、まずは屋内の蜘蛛の巣を取り除く。床の汚れは、僕が持ってきた替えの衣服を川の水で濡らし、雑巾として使って掃除した。
九条さんは、作業の邪魔にならない位置に立つという最低限の配慮は見せたものの、手伝おうとはしない。学校での掃除の時間と全く同じ態度に、僕は微笑を禁じ得なかった。ただ、「河原まで行ってシャツを濡らしてきてほしい」と頼むと、言う通りにしてくれた。
駅舎を出て道を歩き始めてすぐ、僕は九条さんに話しかけた。実際はシャワーのように蝉の鳴き声が降り注いでいるのだが、言わんとしていることは瞬時に呑み込んでくれたようで、
「そうだね。前回と同じく」
「二人きりでいられて、誰にも邪魔される心配がなさそうだから、この場所を選んだんだけど」
「説明されなくても、だいたい分かってる」
「じゃあ質問するけど、僕と二人きりでいることについて、九条さんはどう思っているの?」
静かに電車に揺られている間、話し合いたいこと、確認をとっておきたいことは山ほどあった。その中の一つがそれだった。
「気が置けない相手だから、一緒に過ごしている時間は楽しくて、幸せな気持ちになれる、ということであればもちろん嬉しい。父親から助けてくれる人間が、頼れる人間が僕以外にはいないから、嫌なところもあるんだけど仕方なく、ということであれば、その嫌なところを直していきたいと思ってる。ただ父親から物理的な距離を置くのを手助けをするだけじゃなくて、ありとあらゆる意味で、九条さんの心を楽にしてあげたいから」
九条さんの足が止まり、こちらを向く。唇が、明らかに発声に備えて半分ほど開かれたが、顔を進行方向に戻して歩き出した。
「ちょっと、質問の返事――」
「体験してみないと分からないこともある。だから今の段階で、私の口から断言できることはなにもない」
「……そっか。まあ、そうだよね」
「でも」
再び九条さんの足が止まったが、直ちに歩みを再開する。視界に映った一瞬の表情は、微かに笑っているようにも見えた。
「現時点で、遠藤くん以上に、一緒にいて心が楽になれる人はいない。だから、変な心配はしなくていいから」
「……九条さん」
「バッグ、持ってくれないかな。重たいから」
「僕のバッグも重たいし、一人で二つはさすが――いや、やっぱり持つよ」
九条さんが肩から外したバッグを受け取る。案の定、重い。それでいて、仄かに快くもある。荷物を委ねてくれたのは、大げさに捉えるならば、僕を信頼してくれた証なのだから。
助け合って、支え合って、僕たちはこれからの日々を生きていくのだ。
* * *
「とりあえず、ここが拠点かな」
河原に下りる道のほど近く、一軒の古びた小屋のドアを開け放ち、溜息混じりに僕は言う。至るところに蜘蛛の巣が張っていて、床も汚れきっている。正常な衛生観念の持ち主であれば、荷物の一時的な置き場にすることさえも憚られる有り様だ。
「寝泊まりをする場所、という意味?」
「そういうこと。あとは持ち物を置いたり、食事をする場所なんかにも使えるかもしれない。もちろん、九条さんが嫌じゃなければの話だけど」
言葉を切って顔色を窺う。彼女はお馴染みの無表情で僕を見返し、
「少なくとも、河原で眠るよりはましなんじゃないかな。だから、私は別に」
「安心した。じゃあ、とりあえず中を掃除しようかな」
落ちていた葉っぱつきの枝を活用して、まずは屋内の蜘蛛の巣を取り除く。床の汚れは、僕が持ってきた替えの衣服を川の水で濡らし、雑巾として使って掃除した。
九条さんは、作業の邪魔にならない位置に立つという最低限の配慮は見せたものの、手伝おうとはしない。学校での掃除の時間と全く同じ態度に、僕は微笑を禁じ得なかった。ただ、「河原まで行ってシャツを濡らしてきてほしい」と頼むと、言う通りにしてくれた。
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