僕は君を殺さない

阿波野治

文字の大きさ
39 / 66

39

しおりを挟む
「静かだね」
 駅舎を出て道を歩き始めてすぐ、僕は九条さんに話しかけた。実際はシャワーのように蝉の鳴き声が降り注いでいるのだが、言わんとしていることは瞬時に呑み込んでくれたようで、

「そうだね。前回と同じく」
「二人きりでいられて、誰にも邪魔される心配がなさそうだから、この場所を選んだんだけど」
「説明されなくても、だいたい分かってる」
「じゃあ質問するけど、僕と二人きりでいることについて、九条さんはどう思っているの?」

 静かに電車に揺られている間、話し合いたいこと、確認をとっておきたいことは山ほどあった。その中の一つがそれだった。

「気が置けない相手だから、一緒に過ごしている時間は楽しくて、幸せな気持ちになれる、ということであればもちろん嬉しい。父親から助けてくれる人間が、頼れる人間が僕以外にはいないから、嫌なところもあるんだけど仕方なく、ということであれば、その嫌なところを直していきたいと思ってる。ただ父親から物理的な距離を置くのを手助けをするだけじゃなくて、ありとあらゆる意味で、九条さんの心を楽にしてあげたいから」

 九条さんの足が止まり、こちらを向く。唇が、明らかに発声に備えて半分ほど開かれたが、顔を進行方向に戻して歩き出した。

「ちょっと、質問の返事――」
「体験してみないと分からないこともある。だから今の段階で、私の口から断言できることはなにもない」
「……そっか。まあ、そうだよね」
「でも」

 再び九条さんの足が止まったが、直ちに歩みを再開する。視界に映った一瞬の表情は、微かに笑っているようにも見えた。

「現時点で、遠藤くん以上に、一緒にいて心が楽になれる人はいない。だから、変な心配はしなくていいから」
「……九条さん」
「バッグ、持ってくれないかな。重たいから」
「僕のバッグも重たいし、一人で二つはさすが――いや、やっぱり持つよ」

 九条さんが肩から外したバッグを受け取る。案の定、重い。それでいて、仄かに快くもある。荷物を委ねてくれたのは、大げさに捉えるならば、僕を信頼してくれた証なのだから。
 助け合って、支え合って、僕たちはこれからの日々を生きていくのだ。


* * *


「とりあえず、ここが拠点かな」

 河原に下りる道のほど近く、一軒の古びた小屋のドアを開け放ち、溜息混じりに僕は言う。至るところに蜘蛛の巣が張っていて、床も汚れきっている。正常な衛生観念の持ち主であれば、荷物の一時的な置き場にすることさえも憚られる有り様だ。

「寝泊まりをする場所、という意味?」
「そういうこと。あとは持ち物を置いたり、食事をする場所なんかにも使えるかもしれない。もちろん、九条さんが嫌じゃなければの話だけど」

 言葉を切って顔色を窺う。彼女はお馴染みの無表情で僕を見返し、

「少なくとも、河原で眠るよりはましなんじゃないかな。だから、私は別に」
「安心した。じゃあ、とりあえず中を掃除しようかな」

 落ちていた葉っぱつきの枝を活用して、まずは屋内の蜘蛛の巣を取り除く。床の汚れは、僕が持ってきた替えの衣服を川の水で濡らし、雑巾として使って掃除した。
 九条さんは、作業の邪魔にならない位置に立つという最低限の配慮は見せたものの、手伝おうとはしない。学校での掃除の時間と全く同じ態度に、僕は微笑を禁じ得なかった。ただ、「河原まで行ってシャツを濡らしてきてほしい」と頼むと、言う通りにしてくれた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

結婚する事に決めたから

KONAN
恋愛
私は既婚者です。 新たな職場で出会った彼女と結婚する為に、私がその時どう考え、どう行動したのかを書き記していきます。 まずは、離婚してから行動を起こします。 主な登場人物 東條なお 似ている芸能人 ○原隼人さん 32歳既婚。 中学、高校はテニス部 電気工事の資格と実務経験あり。 車、バイク、船の免許を持っている。 現在、新聞販売店所長代理。 趣味はイカ釣り。 竹田みさき 似ている芸能人 ○野芽衣さん 32歳未婚、シングルマザー 医療事務 息子1人 親分(大島) 似ている芸能人 ○田新太さん 70代 施設の送迎運転手 板金屋(大倉) 似ている芸能人 ○藤大樹さん 23歳 介護助手 理学療法士になる為、勉強中 よっしー課長 似ている芸能人 ○倉涼子さん 施設医療事務課長 登山が趣味 o谷事務長 ○重豊さん 施設医療事務事務長 腰痛持ち 池さん 似ている芸能人 ○田あき子さん 居宅部門管理者 看護師 下山さん(ともさん) 似ている芸能人 ○地真央さん 医療事務 息子と娘はテニス選手 t助 似ている芸能人 ○ツオくん(アニメ) 施設医療事務事務長 o谷事務長異動後の事務長 ゆういちろう 似ている芸能人 ○鹿央士さん 弟の同級生 中学テニス部 高校陸上部 大学帰宅部 髪の赤い看護師 似ている芸能人 ○田來未さん 准看護師 ヤンキー 怖い

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

処理中です...