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「よしっ、完成!」
作業は三十分ほどで完了した。当初の酷く汚れた有り様を思えば、上出来だろう。九条さんは九条さんだから、賞賛の言葉を僕に送ることはない。ただ、様変わりした屋内の清潔な眺めは、疲労感を忘れさせてくれたし、気持ちも明るくなった。
蜘蛛の巣が除去された屋内は、二人の人間が脚をめいっぱい伸ばし、並んで寝そべられるだけの物理的なスペースがある。寝返りを打つとなると相手に配慮せざるを得ない、心もとないゆとりではあるが、嬉しい事実だ。床材は古びていているようで頑丈で、脆くなった箇所や開いている穴などがないことも確認した。
床に胡坐をかいて小休止をとり、そろそろ外に出ようとしたところで、九条さんが入ってきた。ただそれだけで、薄暗い小屋の中が華やいだ。内部の様子を眺めるのではなく、僕の顔を見つめながら、
「きれいになったね」
「そうだね。元が酷かったから心配だったけど、そんなに広くはなかったから、なんとか短時間で」
「お疲れ様と声をかけろ、とは言わないんだね」
「僕が勝手に始めたことだから。本当はそう言う予定だったけど、恥ずかしいからやめたの?」
「言いたいっていうか、遠藤くんが私に来てほしそうにじっと座っているから」
「そんなつもりはないよ。ただ休憩していただけで」
「疲れているんだったら、どうぞ」
僕の真正面に跪き、後ろ手に隠し持っていたものを手に握らせる。キャンディの個包装だ。味は、ピーチ。
「ありがとう。やっぱり九条さんは親切だね。声や表情には出ないだけで」
「どういたしまして、と言っておこうかな」
袋を開け、艶めいた薄桃色の球体を口の中に入れる。甘さを舌に感じた瞬間、部屋で交わしたキスのことを思い出した。九条さんに注目すると、僕の顔をじっと見ている。
場に漂っている雰囲気が少し変わった。
視線が重なる。僅かだがはっきりと、九条さんは口の片端を吊り上げた。顔が近づく。僕は目を瞑ったが、逃げない。部屋で体験した柔らかさを唇に覚え、互いの同じ部位が接しているのだと理解する。
それからの流れは部屋のときと似ていた。即ち、口内に舌を入れられ、動き回られ、唾液ごとキャンディを奪われる。動きの一つ一つが官能的な粘性を帯びていて、なおかつ、一個の芸術作品を作り出そうとするかのようにていねいだ。
「どう? 疲れ、とれた?」
行為が切り上げられ、僕が瞼を開いたタイミングを見計らって、キャンディを含んだ声で彼女は問う。僕は人見知りの幼児のように頷く。口元を拭おうとした手が、彼女の手を掠めた。半ば無意識に、その手を握りしめていた。彼女は拒絶感を示さない。それでいて、微笑んでいる。注意深く見つめなければ見逃していたに違いない、九条翡翠ならではの、至極控えめな微笑。僕の無意識の行為を肯定してくれたのはもちろん、さらなる行為を希求して、僕の顔を一心に見つめている。口の中でキャンディが転がり、音を奏でた。
唇を、九条さんの唇に宛がう。交流の様態が穏やかだったのは最初だけで、見る見る激しさを増していき、あっという間に獣のそれになった。
何回も、何回も、唾液を交換した。互いに相手の体にしがみついて、ピンク色の球体が溶けて無と化すまで。
作業は三十分ほどで完了した。当初の酷く汚れた有り様を思えば、上出来だろう。九条さんは九条さんだから、賞賛の言葉を僕に送ることはない。ただ、様変わりした屋内の清潔な眺めは、疲労感を忘れさせてくれたし、気持ちも明るくなった。
蜘蛛の巣が除去された屋内は、二人の人間が脚をめいっぱい伸ばし、並んで寝そべられるだけの物理的なスペースがある。寝返りを打つとなると相手に配慮せざるを得ない、心もとないゆとりではあるが、嬉しい事実だ。床材は古びていているようで頑丈で、脆くなった箇所や開いている穴などがないことも確認した。
床に胡坐をかいて小休止をとり、そろそろ外に出ようとしたところで、九条さんが入ってきた。ただそれだけで、薄暗い小屋の中が華やいだ。内部の様子を眺めるのではなく、僕の顔を見つめながら、
「きれいになったね」
「そうだね。元が酷かったから心配だったけど、そんなに広くはなかったから、なんとか短時間で」
「お疲れ様と声をかけろ、とは言わないんだね」
「僕が勝手に始めたことだから。本当はそう言う予定だったけど、恥ずかしいからやめたの?」
「言いたいっていうか、遠藤くんが私に来てほしそうにじっと座っているから」
「そんなつもりはないよ。ただ休憩していただけで」
「疲れているんだったら、どうぞ」
僕の真正面に跪き、後ろ手に隠し持っていたものを手に握らせる。キャンディの個包装だ。味は、ピーチ。
「ありがとう。やっぱり九条さんは親切だね。声や表情には出ないだけで」
「どういたしまして、と言っておこうかな」
袋を開け、艶めいた薄桃色の球体を口の中に入れる。甘さを舌に感じた瞬間、部屋で交わしたキスのことを思い出した。九条さんに注目すると、僕の顔をじっと見ている。
場に漂っている雰囲気が少し変わった。
視線が重なる。僅かだがはっきりと、九条さんは口の片端を吊り上げた。顔が近づく。僕は目を瞑ったが、逃げない。部屋で体験した柔らかさを唇に覚え、互いの同じ部位が接しているのだと理解する。
それからの流れは部屋のときと似ていた。即ち、口内に舌を入れられ、動き回られ、唾液ごとキャンディを奪われる。動きの一つ一つが官能的な粘性を帯びていて、なおかつ、一個の芸術作品を作り出そうとするかのようにていねいだ。
「どう? 疲れ、とれた?」
行為が切り上げられ、僕が瞼を開いたタイミングを見計らって、キャンディを含んだ声で彼女は問う。僕は人見知りの幼児のように頷く。口元を拭おうとした手が、彼女の手を掠めた。半ば無意識に、その手を握りしめていた。彼女は拒絶感を示さない。それでいて、微笑んでいる。注意深く見つめなければ見逃していたに違いない、九条翡翠ならではの、至極控えめな微笑。僕の無意識の行為を肯定してくれたのはもちろん、さらなる行為を希求して、僕の顔を一心に見つめている。口の中でキャンディが転がり、音を奏でた。
唇を、九条さんの唇に宛がう。交流の様態が穏やかだったのは最初だけで、見る見る激しさを増していき、あっという間に獣のそれになった。
何回も、何回も、唾液を交換した。互いに相手の体にしがみついて、ピンク色の球体が溶けて無と化すまで。
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