僕は君を殺さない

阿波野治

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 駅に向かう途中に立ち寄ったコンビニで、何食か分の食料を購入してある。空が暗くなり始めたのを機に、僕たちは暇つぶしに足を運んでいた河原から引き上げ、小屋の近くの木陰で夕食をとった。
 買った商品は、ペットボトル入りの飲料に、様々な味わいのパンをいくつか。食の好みを把握していない、という意味では不安だったが、九条さんは二種類のチョコレートがかかったロールパンを黙々とかじっている。

「なに? じろじろ見て」
「九条さんの食べ物の好みが分からなかったから、食べてもらえるかどうか不安で。普通に食べてくれているから、よかった」
「好き嫌いはあまりないから。飢えが満たされればどうでもいいというか」
「そういえば、食に対するこだわりが希薄なんだったね、九条さんは」
「この先、そこらへんに生えている雑草を食べなきゃいけないかもしれないのに、食べ物に文句をつけるわけがない」

 コンビニで買った食料は、数日は保つ。買い物をしたついでに、ATMで数万円引き出してもいる。九条さんが言及したような事態になる心配は、当分ない。それでも、僕は言葉を返せなかった。面白味のない正論も。生真面目さを茶化すような冗談も。
 当分は心配ない。それは確かだ。しかし、永遠に続くわけではないのも事実。
 今日明日のことだけではなく、もっと先の未来のことも、一度九条さんと話し合う必要がある。


* * *


 暗い中、山の中を歩き回るのは躊躇いを覚える。危険だし、怖い。日没に先立って河原から撤収した理由もそれだ。過ごす場所は、必然に小屋の中となる。

 ライトを点灯させた携帯電話を間に置き、僕たちは他愛もない会話を交わす。好きな動物。最近読んだ中で一番面白かった漫画。小学生のころに流行っていた遊び。話をしている当人たちでさえ失笑してしまうような、本当に、本当に、他愛のないことばかりを。
 小屋のドアは閉めきっている。隙間一つない床やドアとは違い、壁にはところどころに穴が開いていて、隙間風と蚊が忍び込んでくる。前者は大歓迎だが、後者は鬱陶しいことこの上ない。準備に慌てたとはいえ、蚊の対策を全くしなかったのは迂闊だった。夜風の思わぬ涼しさが相殺しくれているのだと、ポジティブに捉えて耐え忍ぶしかない。

 いろいろあって、自覚している以上に疲れているだろうということで、互いの就寝時間よりもかなり早かったが、明かりを消して横になる。
 バッグの容量の関係で、互いに毛布の類は持ってきていないので、着替えの衣類を掛け布団代わりにした。マットレスも同じく衣類。枕はバッグに物をいくらか詰めたもので代用した。

 並んで横になると、窮屈さは多少感じるものの、苦痛ではない。小屋の中に紛れ込んでいるのではと疑ってしまうくらい間近で、夏の虫が鳴いている。彼らの声はみな清澄で、奏でられる音楽からはどこかゆとりが感じられる。何種類かいるようだが、名前までは分からない。風流といえば風流だが、蚊のせいでプラスマイナスゼロといったところか。

 冷房のきいた室内では決して味わえない、音や、皮膚感覚や、気温。それらに気を取られたのは確かだが、それ以上に、隣に九条さんがいるという事実を強く意識している。
 少し大きく身じろぎをしただけで、体同士が触れ合うくらい近くにいるのだから、無理もない。ましてや僕は高校一年生の男子。クラスメイトの女子と一夜を過ごすことになって、平然としていられるはずがない。
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