僕は君を殺さない

阿波野治

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 持参した着替えの数は限られているということで、河原まで下りて着用済みの衣服を洗う。洗剤もなにもないので、素手で揉み洗いだ。

「昔の人みたいだよね。おばあさんは川へ洗濯に、ではないけど」
「冷たくて死にそう」
「我慢するしかないね。大変だっただろうな、昔の人」
「割を食うのはいつも女の方。というわけで遠藤くん、あとは全てやってくれる?」
「分担しようよ。男女平等の世の中なんだから」
「妙なところで紳士的なのね。旅立ちの日に私の部屋で見せたような、積極性はどこへ行ったの?」
「あれは――まあ、その、若気の至りといいますか」

 冗談を言い合う機会は日に日に増した。九条さんに関していえば、声が平板なのは一貫しているが、笑みを見せる頻度は日に日に高まっている。笑顔と呼ぶにはぎこちない、不自然な表出の仕方かもしれないが、九条さんが喜んでくれていると分かった瞬間、僕の心も無条件に喜びに包まれる。胸の内側が心地よく温まり、なにをするのも、さっきまでよりも少しずつ楽しくなる。

 入道雲が強く自己主張する空の下、気の置けない人と他愛もない会話を交わしながら、冷たい水と戯れる――これを幸福と呼ばずしてなんと呼ぼう?

 順番が逆になってしまったことに、迂闊にも洗い終わったあとで気がついたが、気を取り直して干す場所を探す。日当たりのいい場所に樹が生えてくれていればよかったのだが、あいにく適当な一本が見つからない。そこで、昨日山中へ散歩に出かけたさいに見つけていた、蔓植物を活用することにする。刃物は持っていないので、それに近い形状の石を探し出して代用品とした。

「昭和を通り越して原始時代ね、これでは」
「打製石器に磨製石器、だっけ。元の形のまま利用しているから、技術のレベルでいえばそれ以下の水準っていう」

 切り取った蔓を枝から枝へと渡してしっかりと固定し、干すべきものを干した。
 今日の僕たちは遊ぶのではなく、もっぱら生活にまつわる仕事に勤しんだ。僕の分と九条さんの分の二つ、トイレ用の穴を掘る。河原を歩き回って、山に分け入って、食料となる動植物を探す。
 前者に関しては、洗濯のときと同じく道具がないのが足を引っ張って、想定していたよりも浅い穴を掘るのがやっとだった。後者に関しては、人間には食べられそうにない緑色の小さな木の実と、有毒か無毒か定かではないキノコを見つけただけ。サバイバルの厳しさをまざまざと見せつけられる結果となった。

 僕たちは落胆こそしたが、絶望はしなかった。もともと遊び半分で始めたことだったし、充分ではないにせよ食料がまだあったから。

 ただ、嫌な予感はした。今後は追っ手よりも、食糧問題が僕たちの首を絞めることになるのではないか、という予感が。
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