46 / 66
46
しおりを挟む
持参した着替えの数は限られているということで、河原まで下りて着用済みの衣服を洗う。洗剤もなにもないので、素手で揉み洗いだ。
「昔の人みたいだよね。おばあさんは川へ洗濯に、ではないけど」
「冷たくて死にそう」
「我慢するしかないね。大変だっただろうな、昔の人」
「割を食うのはいつも女の方。というわけで遠藤くん、あとは全てやってくれる?」
「分担しようよ。男女平等の世の中なんだから」
「妙なところで紳士的なのね。旅立ちの日に私の部屋で見せたような、積極性はどこへ行ったの?」
「あれは――まあ、その、若気の至りといいますか」
冗談を言い合う機会は日に日に増した。九条さんに関していえば、声が平板なのは一貫しているが、笑みを見せる頻度は日に日に高まっている。笑顔と呼ぶにはぎこちない、不自然な表出の仕方かもしれないが、九条さんが喜んでくれていると分かった瞬間、僕の心も無条件に喜びに包まれる。胸の内側が心地よく温まり、なにをするのも、さっきまでよりも少しずつ楽しくなる。
入道雲が強く自己主張する空の下、気の置けない人と他愛もない会話を交わしながら、冷たい水と戯れる――これを幸福と呼ばずしてなんと呼ぼう?
順番が逆になってしまったことに、迂闊にも洗い終わったあとで気がついたが、気を取り直して干す場所を探す。日当たりのいい場所に樹が生えてくれていればよかったのだが、あいにく適当な一本が見つからない。そこで、昨日山中へ散歩に出かけたさいに見つけていた、蔓植物を活用することにする。刃物は持っていないので、それに近い形状の石を探し出して代用品とした。
「昭和を通り越して原始時代ね、これでは」
「打製石器に磨製石器、だっけ。元の形のまま利用しているから、技術のレベルでいえばそれ以下の水準っていう」
切り取った蔓を枝から枝へと渡してしっかりと固定し、干すべきものを干した。
今日の僕たちは遊ぶのではなく、もっぱら生活にまつわる仕事に勤しんだ。僕の分と九条さんの分の二つ、トイレ用の穴を掘る。河原を歩き回って、山に分け入って、食料となる動植物を探す。
前者に関しては、洗濯のときと同じく道具がないのが足を引っ張って、想定していたよりも浅い穴を掘るのがやっとだった。後者に関しては、人間には食べられそうにない緑色の小さな木の実と、有毒か無毒か定かではないキノコを見つけただけ。サバイバルの厳しさをまざまざと見せつけられる結果となった。
僕たちは落胆こそしたが、絶望はしなかった。もともと遊び半分で始めたことだったし、充分ではないにせよ食料がまだあったから。
ただ、嫌な予感はした。今後は追っ手よりも、食糧問題が僕たちの首を絞めることになるのではないか、という予感が。
「昔の人みたいだよね。おばあさんは川へ洗濯に、ではないけど」
「冷たくて死にそう」
「我慢するしかないね。大変だっただろうな、昔の人」
「割を食うのはいつも女の方。というわけで遠藤くん、あとは全てやってくれる?」
「分担しようよ。男女平等の世の中なんだから」
「妙なところで紳士的なのね。旅立ちの日に私の部屋で見せたような、積極性はどこへ行ったの?」
「あれは――まあ、その、若気の至りといいますか」
冗談を言い合う機会は日に日に増した。九条さんに関していえば、声が平板なのは一貫しているが、笑みを見せる頻度は日に日に高まっている。笑顔と呼ぶにはぎこちない、不自然な表出の仕方かもしれないが、九条さんが喜んでくれていると分かった瞬間、僕の心も無条件に喜びに包まれる。胸の内側が心地よく温まり、なにをするのも、さっきまでよりも少しずつ楽しくなる。
入道雲が強く自己主張する空の下、気の置けない人と他愛もない会話を交わしながら、冷たい水と戯れる――これを幸福と呼ばずしてなんと呼ぼう?
順番が逆になってしまったことに、迂闊にも洗い終わったあとで気がついたが、気を取り直して干す場所を探す。日当たりのいい場所に樹が生えてくれていればよかったのだが、あいにく適当な一本が見つからない。そこで、昨日山中へ散歩に出かけたさいに見つけていた、蔓植物を活用することにする。刃物は持っていないので、それに近い形状の石を探し出して代用品とした。
「昭和を通り越して原始時代ね、これでは」
「打製石器に磨製石器、だっけ。元の形のまま利用しているから、技術のレベルでいえばそれ以下の水準っていう」
切り取った蔓を枝から枝へと渡してしっかりと固定し、干すべきものを干した。
今日の僕たちは遊ぶのではなく、もっぱら生活にまつわる仕事に勤しんだ。僕の分と九条さんの分の二つ、トイレ用の穴を掘る。河原を歩き回って、山に分け入って、食料となる動植物を探す。
前者に関しては、洗濯のときと同じく道具がないのが足を引っ張って、想定していたよりも浅い穴を掘るのがやっとだった。後者に関しては、人間には食べられそうにない緑色の小さな木の実と、有毒か無毒か定かではないキノコを見つけただけ。サバイバルの厳しさをまざまざと見せつけられる結果となった。
僕たちは落胆こそしたが、絶望はしなかった。もともと遊び半分で始めたことだったし、充分ではないにせよ食料がまだあったから。
ただ、嫌な予感はした。今後は追っ手よりも、食糧問題が僕たちの首を絞めることになるのではないか、という予感が。
0
あなたにおすすめの小説
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる