僕は君を殺さない

阿波野治

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 目が覚めた。朝特有の、早くも厳しいなりにどこか柔らかな日射しが、横たわる僕の足元を照らしている。映像ではなく、仄かに感じる温かさで、その事実が分かった。
 小屋の戸は開いていて、隣には誰もいない。

 今日で五日目の朝を僕たちは迎える。そのうちの三日は九条さんの方が目覚めるのが早く、一日はだいたい同じくらいだった。一日だけ僕の方が早い日があったが、そのときも、起こすべきか寝かせておくべきか、横になったままぼんやりと考えている間に九条さんも目を覚ましたから、まあ同時といってもいいだろう。
 彼女は早起きだから、僕が目を覚ます時間帯に小屋に不在だとしてもなんら不自然ではない。だから今日も、違和感は一切覚えなかった。

 寝そべったまま四肢を目いっぱい伸ばす。それから、我ながら間の抜けたあくびを続けざまに二つ三つ。夜間、あるいは午睡をしている間、戸を開けっ放しにしていると気分が落ち着かなかったが、今となっては全く気にならない。この生活にも随分と慣れたものだ。

 ……どこからか規則的な音が聞こえてくる。頑丈ななにかに、それよりも柔らかいが、ある程度の硬さを持つなにかをぶつけている、とでも説明するのが適当な音だ。十中八九、奏者は九条さんだろう。しかし、それにしても、こんな朝っぱらからなにをやっているんだ?

 耳を傾け続けているうちに、規則的だと思っていた音には、時折二・三秒程度の間が挿入されていることに気がついた。その間はいかにも作為的で、邪な企みの気配さえ漂っている。堪らなく嫌な予感がする。
 九条さんはどこにいるんだ?

 頭の中で結論を導き出すのを断念し、上体を起こす。視界に飛び込んできた映像に、僕の肉体は氷結した。
 小屋の外に物が散乱している。キャンディの大袋を中心にして、散らばった個包装。複数枚の衣類。食べ物の空き容器や空き袋や残飯。全て、昨夜僕たちが眠りに就いた時点で、小屋の中に置いてあったものだ。

 戸口に積み上げていたものが、戸を開けた拍子に外へと崩れ落ちた、というレベルではない。明らかに、蹴飛ばされている。そうでなければ、引きずり出されている。これほどの規模の狼藉が行われた中で、のうのうと眠っていた自分が信じられない。
 散乱した物は、一方向に向かって漠然とした線を描いている。立ち上がり、それを辿るように小屋を出る。

 何気なく、あるいは気配を感じて、道の右手を振り向く。銀色の車が停まっている。見覚えのない車だ。自動車に関しては全くの無知なので、車種は分からない。僕の両親が乗っている自家用車と比較すると、厳かで洗練された印象を受ける。明確な定義は知らないが、高級車の範疇に属する一台なのかもしれない。現在地界隈に住んでいる人間が日常的に利用している車、という雰囲気ではない。

 ふらつく両脚を叱咤しながら、雑多な物で構成された道の上を直進する。進路は無論、正体不明の打音が断続的に響いている方角だ。川音が聞こえる方といっても、やはり正しい。物音は河原から聞こえるのだ。小屋からも川の流れと河原の一部分は見えるが、異常そのものは視認できなかった。自らの足で現場まで下りて、自らの目で確かめるしかない。

 河原へと下りる道の下り口まで来て、双眸が異常を捕捉した。
 見知らぬ男性がいる。僕たちがアスレチック遊具と見なして何度か上ろうとしたが、結局一度も踏破できなかった、ところどころに歪な凹みがある東京ドームといった形状の、直径と高さが共に二メートル強の大岩。それの側面の一点を目がけて、右手で鷲掴みにしたなにかを叩きつけている。打ちつけるリズムは一定だが、時折掴んでいるものを掴み直していて、それが不規則に生まれる間の正体らしい。

 男性が手にしているものは丸みを帯びている。見た瞬間は石かと思ったが、色が違えば形状も違う。そもそも、球体ではない。石と比べると、全体の形状は圧倒的に複雑で、大きい。男性の右手、男性が手にしているもの、男性の足元の地面。それら全てに鮮やかな赤が飛散している。血だ。人体から迸り出てまだ間もない、鮮血。遠目からでもペンキではないと一目で分かる、鮮やかすぎるほどに鮮やかな赤。岩に断続的にぶつけられているのは、

「九条さん……!」
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