塵埃抄

阿波野治

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バスから始まるピュアな恋

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 路線バスは無人の停留所を通過し、次なる停留所をアナウンスした。若い男は肘掛けに付属した降車ボタンを押そうとした。
 その手は、思いがけず柔らかいものに触れた。面食らい、顔を振り向けた男の目に、驚きに包まれた若い女性の顔が映った。隣り合って座る二人が、同じタイミングで同じ降車ボタンを押そうと試みた結果、手と手が触れ合ったのだ。
 女は頬を淡く色づかせ、はにかむように白い歯をこぼした。男は赤面した。重なり合った二つの手がゆっくりと降下し、やんわりと降車ボタンに押しつけられた。音が鳴り、車内の全てのボタンのランプが赤く光った。
 男は定期券を運転手に見せ、女は二百円を運賃箱に入れ、バスから降りた。バスが走り去り、男は口を開いた。
「近くに行きつけのカフェがあります。カフェラテとシナモントーストが美味しい店なんです。一緒に行きませんか」
 女は無言で頷いた。二人は肩を並べて道を歩き始めた。
 その十分後には、二人は路地裏のカフェの窓際の席に着いていた。テーブルにはカフェラテが入ったコーヒーカップが二杯、シナモントーストが載った皿が二枚置かれている。
 二人はカフェラテとシナモントーストに口をつけながら、取り留めのない会話を交わした。言葉を交わす時間よりも、無言で飲食し、窓外を眺める時間の方が長かったが、二人の間に気まずい空気が流れ込むことはなかった。
 半時間ほどして、皿とカップが空になった。支払いは全額、男が受け持った。二人は手を繋いでバス停に引き返した。五分ほど待つとバスが来たので、それに乗り込んだ。
 車内は混んでいた。一人分の空きがあったので、女がそこに座り、男はその前の吊革に掴まった。
 女の眼前には男の股間があった。その部分だけ、ジーンズの生地が異様に膨らんでいた。
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